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第六章 白眼視
一
米沢藩上屋敷は江戸城桜田門の側にある。藩主/上杉弾正大弼綱憲の父は、赤穂の浪士たちに討たれた吉良上野介義央であった。
綱憲の次男/義周は吉良家に養子に入り義央隠居後、吉良家当主として跡を継いだのだ。そして元禄十五年十二月十四日、赤穂の浪士たちの襲撃を受けた。薙刀を振るって応戦したのだが、頭を打たれて昏倒しその場に倒れた。その後、評定所に出頭し公儀の裁決を待った。結果は討ち入りに際し「仕方不届」という理由で吉良家は改易になった。義周は信濃国諏訪高島藩藩主/諏訪忠虎の国元でのお預け処分が申し渡された。供は家老/左右田孫兵衛と山吉新八郎の二人だけだった。
綱憲は今日も床について横になっていた。藩医が綱憲の脈を取り容体を確認している。正妻/栄姫が付き添って綱憲の看病をしていた。
「色部は、まだ自分を責めているのですか?」
哀しみを帯びた表情で栄姫が後ろに控える近習頭/風巻信蔵に言った。
「はい、某が何度か色部様の屋敷を訪ねましたが自ら竹で戸を塞ぎ、殿のご沙汰を待っていると申されまして。」
信蔵が答えた。
「御沙汰などと・・・そうですか・・・。それではわらわが色部に言って聞かせましょう。」
栄姫は表情に陰りがある信蔵が気になって話しかける。
「信蔵、まだ何かあるのですか?」
「い・・・いえ。」
「隠さずともよい。何か憂いがあるなら、申すがよい。」
「いえ、奥方様のお耳を汚すようなことは・・・。」
平伏している信蔵を栄姫は、暫く見つめていた。何かにじっと耐えている姿がそこにはあった。
「信蔵。」
「はい。」
名を呼ばれ栄姫の顔を見ると、その目から涙が溢れていた。
「奥方様!」
「信蔵、わらわも上杉の人間です。そち達の苦しみを知らずに、この苦難を共に乗り越えることが出来ようか。」
信蔵は現在大量に出回っている落書について話し始めた。江戸市中には赤穂の浪士を称え、上杉家を嘲笑する落書が溢れ出ていた。
“上杉のえたをおろして酒はやし 武士はなるまい町人になれ”
“景虎も今や猫にや成りにけん 長尾を引いて出もやらねば ”
こうした落書が、そこかしこに大量に貼られたのだ。上杉家の家臣たちは、庶民の嘲りにひたすら耐えていた。
「信蔵、共に耐えましょう。今はわからずとも、後世の者たちが我等の立場を理解してくれます。」
信蔵は、栄姫の言葉に男泣きに泣いた。
二
広島藩の外聞衆が各地に散った旧赤穂藩士に危機を伝えているが、江戸近郊の村々は多都馬と長兵衛等で回っていた。
ここ谷中村には、旧赤穂藩士/長澤六郎右衛門が移り住んでいる。多都馬は三吉を伴い、谷中本村を訪れた。寺社が点在する箇所を抜け、音無川を渡ると田畑が広がっていた。
「多都馬様〜、こりゃ長閑でいい景色ですね。」
夏を迎え日射しが強く、畑に育つ稲が青々と輝いている。
「須乃様もお連れしたほうが、よろしかったんじゃないですかね~。」
開放的な気持ちになっている三吉は、目一杯背伸びをしている。草と土の匂いが、ささくれ立つ多都馬の心を和やかにしてくれる。
「しかし、こう広いと探すのに随分手間がかかりやすね〜。片っ端から訪ねるっていうわけにも・・・。」
「訪ね歩くのは出来んな。身元がわかってしまえば、たちまち村八分にされてしまう。」
「そうでしたね。」
「心配するな、侍なら物腰や佇まいでわかる。」
「へい。」
「まずは、この一帯を歩き回るしかないな。」
田んぼでは百姓が流れる汗を拭いながら草刈りをしていた。畦道を歩く二人に一瞥しながら再び作業に戻る。
多都馬と三吉は、流れる汗を拭いながら谷中村を歩き回った。途中、小さな木陰を見つけ暫しの涼を取る。
暫く歩くと少し景色が変わり、畑には大根や生姜が植わっていた。生えてくる雑草を抜いているらしく、皆中腰で作業をしている。
「多都馬様・・・どこかに雲隠れしちまいましたかね。」
「彼等に雲隠れ出来るような土地があればいいがな。」
“ 不忠者 ”、“臆病者”と誹りを受けていることを思い出した。
「まだ足を運んでいないところがある筈だ。」
「今日はそろそろ陽が暮れますし、どこかの旅籠に泊まりますか?」
「そうだな・・・。」
陽が暮れ始め、どの畑も作業を中断し家路に向い始めていた。
「アッシはひとっ走りして探して参りやす。」
「頼む。」
まだそれだけの体力が残っているのかと思うほど、脱兎の如く走り去っていく。足元を見ると陽に照らされた影は長く伸びていた。
長く伸びた自分の影の中から、不敵に笑う黒幕の笑い声が聞こえるようだった。
三
音無川のせせらぎが聞こえる風情のある旅籠に二人は泊まった。冷酒だが疲れを癒やすには十分だった。
「あちこち引っ張り回して済まなかったな。」
三吉の盃に酒を注ぎながら言う。三吉は恐縮しながら受ける。
「こう言ったら元締めに叱られやすが・・・アッシは多都馬様のお供が楽しくてたまらねーんです。」
「そうか。」
多都馬は苦笑いを浮かべた。
「お陰様で京に行くことも出来やしたし・・・。」
三吉が嬉しそうに笑う。
以前、大石内蔵助の監視をした時に連れて行ったのが三吉だった。
「しかし、此度は気の重いことの連続だな。」
「へぇ。皆々様、かなり生活に困窮されておりましたから。」
「再仕官出来た者は、ごく僅かと聞いている。今のままでは残された遺児たちも難しいだろうな。」
多都馬と三吉は、互いに大きなため息を吐いた。
「ごめんくださいまし。」
部屋の向こうから仲居の声がする。
「おう、何か用かい?」
三吉が返事をした。
「お客様に御用があるとかで、長澤様という方が店の前でお待ちです。」
「入ってもらえ。」
多都馬が答えると仲居は階段を降りていった。
「やはり我等は、招かれざる客のようだ。」
多都馬と三吉は、襖の向こうから現れる長澤六郎右衛門を待った。
四
多都馬と三吉の前に現れた六郎右衛門は、侍としての面影はなく初老の痩せこけた農民にしか見えなかった。何故か六郎右衛門は座ることなく立ち尽くしている。
「わざわざお出で頂き、かたじけない。某は・・・。」
「黛殿でござろう。存じております・・・以前、下屋敷にてお見かけいたしました。」
六郎右衛門は、変わらず立ったままである。
「いかがされた。まずは、お座りくだされ。」
「・・・某に御用とは、どのようなことでござるかな。」
多都馬たちに警戒心を解いていないのが、六郎右衛門の物腰でわかる。
「安心してくだされ、我等は長澤殿の生活を邪魔するつもりは毛頭ない。」
三吉が六郎右衛門に座布団を差し出す。六郎右衛門が差し出された座布団に座る。
「我等は長澤殿に危険が迫っていることを報せに参ったのです。」
「危険?・・・。帰農した某にどのような危険が迫っているというのであろうか。」
信じられぬとばかりに、六郎右衛門は鼻で笑っている。
「貴殿たち、旧赤穂藩士が何者かの手により斬殺されているのです。暫くの間、身を隠すか身の回りの警戒を怠らずにいてもらいたい。」
「長澤様、既に稲川様や多芸様などが犠牲になっておられます。長澤様には、奥方様や御子息様がおられましょう・・・。」
三吉が心配そうに話す。六郎右衛門は、ため息をつきながら考え込んでいる。
「長澤殿。何か?」
「い・・・いや。」
「御子息/幾右衛門殿にも、必ずお伝えしてくだされ。」
「あ・・・い、いや。心得申した。」
六郎右衛門は明らかに動揺していた。
「いかがされた?幾右衛門殿に何か?」
「長澤様。何かご心配事がございましたらアッシ等にお伝え下さい。必ず御力になりますよ。」
六郎右衛門は、俯いたまま黙っている。
「長澤殿。」
「幾右衛門は、農民にはなりたくないと申して出奔してしまいました。今となっては、どこにいるのやら・・・。」
「左様なことが・・・。」
「幾右衛門様は、やっとうの方の腕前は?」
三吉は剣術の身振りをしながら話す。
「人並み程度でござるよ。」
「長澤殿。御子息、幾右衛門殿は我等が必ず居所を掴みます故、ご安心くだされ。」
「黛殿。我等は、討ち入りに参加しなかった不忠者にござる。何故貴殿は我等にそこまで・・・。」
独り歩きしている世間の声が、恐ろしいほどに彼等を卑屈にさせていた。
「長澤殿。我等は貴殿等・・・脱盟された方々を不忠者などと思ったことはありませんよ。」
多都馬の言葉に六郎右衛門は言葉を失い、体を震わせて俯いた。
「妻や家族、そして友を・・・子供たちの行く末を大切にしている者を不忠者などと呼べる筈がないではありませんか。」
「ま・・・黛殿。」
六郎右衛門は涙を堪えながら、多都馬と三吉に深々と頭を下げた。
旅籠を去っていく六郎右衛門の背中は、多都馬の心を締め付けるほどの哀愁が漂っていた。
五
綱憲の容体は完全に回復はしていない。ただ今は、小康状態を保っているだけである。
そこへ漸く上杉家江戸家老/色部又四郎が綱憲と栄姫の御前に姿を現した。
その姿は病魔に侵されるが如く、目が窪み頬が痩せこけていた。
「色部・・・。久しいの。」
綱憲が労るように言葉をかけた。又四郎は、言葉もなく頭を下げた。
「殿。父君、吉良上野介様儀、誠にもって面目次第もござりませぬ。」
上杉家では、又四郎を責める者は誰一人いなかった。むしろその労を労い、心情を思い遣る者が多かった。しかし、それが又四郎にとっては辛かった。
「色部、そちは知らぬであろうな。父上は、赤穂の者たちに自ら討たれる事を望んでいたのだ。」
綱憲の言葉は又四郎にとって、まさに青天の霹靂だった。
「ま、まさか!」
「間違いはない。・・・畠山義寧から父上の御言葉を言伝かった。」
亡き上野介義央の想いを知り、又四郎の胸がえぐられるように痛む。
「そちがそのように己を責めていては、泉下の父上も浮かばれまい。よいな、腹を斬ることは許さぬ。それよりこれからも余を助けてくれ・・・頼む。」
「わらわからも頼みます。殿はそちを頼りにしておるのです。」
又四郎は二人の言葉に体を震わせ涙していた。
「世間では当家への様々な嫌がらせ、または埒もない雑言が蔓延っております。今、この時こそ上杉家は心をひとつにせねばなりません。」
「承りました。色部又四郎、永らえましたこの命。上杉家の汚名返上のため、身を粉にして勤めとうござりまする。」
「又四郎。そなたには、上杉家の家臣そして殿やわらわもついておる。何事もひとりで抱え込むでないぞ。」
又四郎と信蔵は、栄姫の言葉に涙して部屋を退出した。
六
又四郎は上屋敷の庭園を横目に、信蔵と共に廊下を歩いていた。初夏の日射しは眩しく、庭園の緑も青々と輝いている。
「色部様。」
呼び止められ、又四郎は振り返った。
「少々込み入った話がござりまする。」
障子を開け中に誰もいないことを確認した信蔵は、又四郎を部屋へ入るように促した。信蔵は辺りを警戒しながら小声で話を切り出す。
「今、御城下において辻斬りが横行しておりまする。」
「辻斬り?」
「はい。」
部屋の前を何人かが通り過ぎる。
「下手人の見当は?町方は何をしておるのだ。」
又四郎は部屋から遠ざかったことを確認し小声で尋ねる。大きく唾を飲み込んだ信蔵は、籠もり声で話し出す。
「此度の辻斬り・・・ただの辻斬りではございませぬ。」
「どういうことだ。」
「殺されたのは全て旧赤穂藩士でございます。」
「なに?」
「私共の調べでは町奉行管轄で二人、その他寺社や目付の管轄では二人ほど・・・犠牲者が分散しているが故に、まだ騒ぎにはなっておりませぬが・・・。」
「犠牲者は増えそうか。」
「わかりませぬが、我が上杉家が浅野への意趣返しをしていると公儀に誤解される恐れがあります。」
又四郎は天を仰いで考え込む。
「軒猿は戦力になるか?」
「探索程度なら。」
「国許から蔵人を呼ばねばなるまい。右源太と同様の遣い手が必要になる。」
「では、急ぎ使いを出し蔵人を江戸へ。」
「うむ、頼む。」
又四郎は上杉家に漂い始めた暗雲を胸に感じながら部屋から出ていった。
七
尾張藩士/芝山宣助は市ヶ谷の上屋敷から高田馬場にある下屋敷に向け歩いていた。暮れ七つも過ぎて辺りは、すっかり暗くなっていた。下屋敷に着き門番と言葉を交わして中に入った。中に入った宣助だが、違和感を覚えて引き返した。
「芝山様、いかがされましたか?」
門番は奇妙な行動をする宣助に声をかけた。宣助はかけられた声を無視して外に出た。目を凝らして屋敷奥を見ると、頭巾を被った侍が歩いていた。不審に思った宣助は、そっと後をつけた。
頭巾の男は、提灯も持たず暗闇の中を歩いていく。
―あの頭巾の男は何者だ。我が藩の屋敷から、人目を避けるように出ていった。―
武家屋敷が続く道を、宣助はひたすら頭巾の男を追いかけた。頭巾の男は宣助の尾行に気付かず歩いている。武家屋敷を抜けたところに小さいながらも町人街がある。頭巾の男は小さな出会い茶屋の前に立ち止まり、中を覗き込むと頭巾を取って入って行った。
―女か・・・。―
取り越し苦労に終わり宣助は安心したように来た道を引き返していった。出会い茶屋に入った男が暖簾の隙間から去っていく宣助を笑みを浮かべ見送っていた。
八
町家ひしめき合う馬喰町の高級料理屋に、尾張藩家老/成瀬正親は来ていた。料理を運ぶ給仕女が硯蓋に口取肴を盛り、銚子で酒を運んで来た。運んで来た料理は葱鮪汁に蒲鉾、大根、ぎんなん、焼き栗、刺し身などであった。
「これは見事なものですね。」
正親の向かいに座る織人が、運ばれてきた料理に感心して言った。
「京にも引けは取らぬ品々であろう。」
「それは、そうでありましょうが・・・やはり、品性というのものに欠けますね。」
減らず口を叩かれ正親は苦々しい表情をしている。織人は早速、葱鮪汁を手に取り啜り始めた。
「これは美味しゅうござりますな。」
「気に入ってもらえたかな。」
給仕女は、ひと通り料理を運び終えると部屋から出て行った。
「・・・ところで。」
織人は葱鮪汁の器を置き、声色を変えて話し掛ける。
「このような所へ私を呼び出して、いかなる用でございますか?・・・事が上手く運ぶまで、会うべきではないと申してあったと思いますが。」
「外に出る時は囮を複数立たせておりますれば、御安心いただいて結構。」
「そうですか・・・。で、その用とは。」
「まずは貴公等が立てられた御城下で火種を作るという企て・・・それほど、大きゅうなっておらぬのが気懸かりで仕方がない。」
「そのことですか。」
織人は然程問題ではないとばかりに、薄笑いを浮かべている。
「それは例の二人の遣い手が原因でしょう。一人は定町廻り同心なのでござりましょう。恐らく我等が斬り捨てた赤穂の浪人たちの事を上に報告しておらぬのでしょう。」
「何故・・・。」
「二人のうち、どちらかが赤穂浪士に関わりがあって騒ぎになるのが迷惑なのではありませぬか。」
「それでは、まずはその二人のことを探り出し、家族や家の者を人質にいたし排除いたしましょう。」
正親がしたりげに話す。その表情を見て織人は大きくため息をついた。
「・・・呆れましたね。」
織人の意外な言葉に、正親は目を丸くして驚く。
「呆れる?・・・な、何がでござるか。」
「そんな事をすれば、そういう輩は余計に士気を高めるものでございます。人質とは生きていてこそ価値がある。故に殺すことも出来ない上に、その間も生かしておくための世話がかかります。かえって面倒を背負いこむ事になり、企てそのものに綻びが生じます。」
「では、彼奴等をいかがいたすおつもりか。」
「放って置くのですよ。」
「放って置くじゃと?」
「いかにも。我等は、そのような者に付き合うてる暇などござりませぬ故。」
庭園のししおどしが一際大きな音を立て、二人の会話に区切りをつけた。正親は納得いかぬ表情で、膳の上の料理に箸をつけた。
織人の耳に別室からの景気良い笑い声が聞こえてくる。その声を聞きながら、自らが巻き起こす企てに薄笑いを浮かべる織人だった。
九
江戸郊外竜泉寺村の大垣藩下屋敷に、毛利小平太の兄/源左衛門を訪ね多都馬は来ていた。見上げる武家屋敷の門は、どの藩も威圧的で虚栄心に満ち溢れている。
通用門の扉が開いて源左衛門が出て来た。多都馬は源左衛門の前に出て頭を下げた。
「い・・・いや、ここでは困る。どうか、こちらへ。」
急ぎ足で源左衛門が向かった場所は、下屋敷から離れた小さな寺社だった。子の刻を回ったところだが、寺社内は人っ子一人いなかった。けたたましく泣く蝉の声だけが寺社内に響き渡る。
「黛殿と申されたな。」
「不意に推参仕り、誠に申し訳ござらぬ。実は・・・。」
「小平太の事でござろう。」
脱盟者の身内を数人訪ねたが、どの家も多都馬の来訪にいい顔はしない。
「毛利殿は仕官を条件に小平太殿を脱盟させたと聞いておりまするが。今、角筈村で浪人生活を送られているのは何故でござりましょう。」
源左衛門は、即答出来なかった。多都馬に背を向け、寺社内のお堂を見つめている。
「黛殿。我とて弟の事、無念で致し方ござらぬ。卑怯者の烙印を押された故に、仕官も叶わなかった。」
「小平太殿は、今危機に陥っておられる。素性も組織もわからぬ輩に命を狙われておるのです。」
多都馬は必死に訴えた。
「藩主/戸田氏成様の御威光にお縋りいたし、仕官の儀を再度お願いしていただきたい。」
「黛殿は何故、そこまで小平太の事を?」
「小平太殿に限ったことではござらぬ。」
終始、多都馬に背を向けている源左衛門の背中が震えていた。
「・・・黛殿。今は時勢が悪過ぎるのだ。お察しくだされ。」
源左衛門は、一度も多都馬の顔を見ることなく立ち去っていった。寺社内に一人残された多都馬は、脱盟者に対する世間の冷たさを改めて感じていた。
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