空箱の実

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「そういうにおいもしないからなぁ」  魔物達はお互いの魔力を「におい」として感じることが出来て、相手がどんな種族なのかはそれで大体わかってしまうらしい。  わかる、ということは、誤魔化したり隠したりするのも難しいというのと同義だ。  考えても仕方ないと諦めたのか、ティアーは自分の右の人差し指に、同じく左手人差し指の爪を強く突き刺して、ひと粒ほどの血を滲み出させる。  こういう、血が出るほどの自傷を躊躇いなく行えるのが少し魔物っぽさを感じさせる。  それを見たこのみは目を閉じて、「あーん」と言いながら口を開けて舌を少し突き出してみせる。  ティアーは舌の上に、血を一滴垂らしてやる。  口を閉じて、味わうようにもごもごと動かす。 「ふぅーん。 本当の名前は、ティアーちゃんっていうんだねぇ」  それはさっき、このみに聞かせないよう小声で話したとはいえ、目の前で口にした情報だから。  血を舐めた結果わかったんだと断言は出来なかった。  とりあえず居間のちゃぶ台の周りで座って待つよう促されて、俺とティアーはそこで待っていた。  このみは人数分のカップに紅茶のティーバッグを入れて、台所で沸かしたやかんのお湯を注ぐ。 「うえぇ~、熱そう~」  熱々の液体を口に入れるのは、ティアーは苦手らしい。  これまでの付き合いでそれは知っているけど、人間社会で暮らすならこれくらいは出来ないと不自然だ。  贅沢言うなとたしなめて飲ませることにする。  普通の人間の猫舌だったら本人の苦手を強要しようなんて思わないが、こいつは「人間になりきりたい」と言うのだから、これくらいは慣れさせてもいいんじゃないかと思う。  ティアーとこのみが世間話に興じるのを右から左に聞き流しながら、俺はテレビを眺めて時が過ぎるのを待っていた。 「ただいまぁ。……おぉ?  まだ帰ってなかったんだなぁ、豊」  18時半くらいだったか、(みのる)伯父さんが帰ってきた。  俺との約束があることをこのみが話していたんだろう。  知り合いとしてティアーを紹介する手間もあるし、彼の帰宅までに引き上げるつもりだったんだけど。  思ったより帰ってくるのが早くてタイミングを逃してしまった。  このみの小さな頭を撫でたその手で、今度は俺の頭を軽くぽんぽんと叩いた。  伯父さんは確か40歳を過ぎていたと思うが、実際の年齢より遥かに若く見える。  穏やかで、ある意味ちょっととぼけた感じの人でもある。
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