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彼女はいつの間にか俺の上から側面に移動していて、右足を軸にして左足で男の顔面を強く蹴り飛ばしていた。
おそらくは、なんの温情も力加減もなく、頭がい骨が地面にたたきつけられる衝撃が伝わってくる。
「まったく……わけがわからない。
手負いだからか?
こんな弱っちいオスの言うなりに下になって、情けないと思わないのか」
びしっと、人差し指を俺に向けてくる。
情けない、って、確かにそうなんだけどさすがに腹立つな。
だが、おかげでちょっと頭がクリアになってきて、下半身のひんやりとした感触を思い出す。
身を起こすも全身がおも怠く、てきぱきと、とはいかないけど。
乱れた衣服を整えて、完全に気絶した男の服を探る。
昏倒してるけどたぶん、死んではなさそうだ。
灰色の封筒を見つけて中を見る。空っぽだった。
確かに写真は撮られたけど、あいつらはあの状況からそのまま警察へ連行されたんだから、証拠品は全部没収されたはずだ。
写真を持ってる、なんて、ハナから嘘だったのかもしれない。
「……ティアー」
森の木々の狭間から、長身の男が姿を現した。
銀色の髪と瞳で、上下ともレザー素材の黒い服。
割と素朴な女の方とは対照的で、なんだか非日常的な存在感。
困ったような、しかし咎めるような気配もある。
そんな相反した感情を同時に内包した複雑な表情で、彼女を見つめている。
長身の男と少女だから、自然、目線を交し合えば見上げる形になる。
しばし、じっとりした目線で彼を見上げていたが、やがて不服そうに目線をぷいっと逸らした。
「……すまない。
ティアーは人間のことをほとんど知らないから」
何の事情もなくこんなことにはならないって、理解出来ていないんだろう。
何故だか男の方が、彼女に代わって申し訳なさそうに、俺の前に膝を着けて頭を下げる。
そんなこと別に、してもらわなくていいんだけど……。
「あんた達、人間じゃないのか?」
「ティアーとヴァニッシュはワー・ウルフという種族の魔物だ。
人間はどうせ、ヴァンパイアくらいしか知らないんだろう?」
ライトがそう言ってたからティアーは知ってるぞ、と、なんでかちょっと蔑むような目で見下ろしてくる。
ライトってなんだろう、って、今はそんなことより。
「ヴァンパイアの殺し方、知ってるか?」
「知ってるが……そんなこと訊いて何になる?」
「俺は、ダムピールなんだ。
ヴァンパイアにならずに死にたい。
方法を知ってるなら教えてくれよ。
なんなら、殺してくれたっていい」
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