狼少女との出会い

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 ヴァンパイアや魔物にとって、人間の命なんて何の価値もない。  生きるも死ぬも関係ない。  俺達の、人間社会に伝わってきた歴史もそれを証明しているから、何の疑いもなくそう信じていた。 「ダムピールは自ら死ねない。 おまえに同情しないわけじゃない、だがな。 自分が死にたいために誰かの手を血で穢すことを軽く考えるな」  彼女……ティアー、っていうのは名前だろうか…… 俺を見る目にははっきりと、軽蔑が表れている。 「おまえのような図々しい人間、ティアーは嫌いだ」 「好き放題言いやがって……っ、俺がこれまでどんだけみじめに暮らしてきたかなんて、おまえにわかるわけないんだよ!」  人間社会に生まれても人間じゃなく、魔物にだってなれない。  友達を信じてみようとその事実を打ち明けたり、俺なりに運命に抗ってきたつもりだ。  でも、結局いつも報われなかった。  人間よりもずっと強くて、脅威にさらされず森の中で自由に暮らす魔物にわかるわけがない。  自分自身の生死すら選べない俺の気持ちなんか……。 「だったらおまえは、ティアー達…… ワー・ウルフという種族がどういうものか、知ってるとでもいうのか」 「……知らない、けど」 「ティアーがおまえの事情を理解しないのと、おまえがティアーの事情を知らないのと。 それのどこに違いがあるというんだ?」 「……ティアー。 君達が話しても平行線が続くだけだ」  咎めるような、しかし同時に気遣うような眼差しでティアーと俺を交互に見る。 「……俺はティアーと、必ずしも同意見じゃない。 君が本当に望むなら、俺の手で儀式をしてもいい」 「ほ、んとかっ!?」  生まれて初めて、誰からも慮って貰えなかった俺の望み。  ようやく手が届きそうな予感に、浅ましく食らいつくように縋ってしまった。 「……ただし、条件はある」 「条件?」 「……君に、この世界に何ひとつ、やり残したことがないのなら。 もしそれがあるのなら、成し遂げるまで俺は手を下すことは出来ない」  なんだか言い回しがややこしい。  誰にも必要とされないこの俺が、この世に思い残したことなんてあるわけがないだろうに…… そう考えて、「思い残したこと」ではなく、「やり残したこと」と言われているのだと思い至る。  同じようでいて、ちょっと違う。  人間の世に害悪しかない体で生まれ、この世に何ひとつ残せず、儀式によって消えてなくなろうとしている。  このまま消えたら、本当に、俺がこの世に生まれた意味なんか何ひとつなかったことになっちまう……。
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