父を探して

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「じゃ、今日も始めるか」  一方的に俺に付き合わせるわけにもいかないので、俺はヴァニッシュに頼まれて、ティアーが 「今後、人間社会で生活できるようにするための」 最低限の学力の獲得に協力している。  僅かな時間とはいえ電車移動の最中も有効活用したい。  ティアーは急に居住まいを正して、正面に座る俺に向き直る。 「8かける7は?」 「……、ご、ごじゅう……きゅう?」 「違う……いつまでもあてずっぽうで答えてないで、いい加減ごろ合わせでもなんでもして覚えろよ……」  掛け算の九九なんて、人間の子供が就学して割とすぐ覚えることなのに。  高校から人間の振りをして通いたいと言いながら、覚えられる気配すらない。 「だ、だってだって!  こんな大量のモノを数える必要いったいいつどこにあるんだ!?」 「そんなんいくらでもあるわ!  人間の島は貨幣交換で回ってんだから、モノ数えるのにいちいち指折ってちゃ追いつかねーし、指10本じゃぜぇーーったい足りねえんだよっ」  何度言ってもこれだから本当に、付き合いきれない。  いや、「付き合いきれない」に付き合わせてるのは俺も同じだから、こいつの頭の面倒を見るのは、俺がヴァニッシュの協力を得るための最低条件なのだった。  この世界は魔物と人間が共生していて、基本的には魔物が上位存在として支配している。  俺達が暮らしているのは「人間の島フェナサイト」。  支配階層の魔物が住むのはお隣の、「都市の島アクアマリン」とかいうちっこい島。  ティアーとヴァニッシュはアクアマリンから更に離れた場所にある「森の島エメラード」からこっちの島へやって来た。  アクアマリンでは人間と同じ貨幣交換の文化によって衣食住を成り立たせているが、エメラードは神話時代から変わらぬ自然の暮らしをしている……らしい。  魔物の世界の事情なんて、学校の授業で必要最低限聞く程度だから、俺達人間には実際のところどうなってるかなんてわかりやしない。  ヴァニッシュは数年単位で人間の島で暮らした経験があって、大抵のことは自分で出来る。  が、ティアーは生まれてから九割方をエメラードで、人間の島にいる時間は狼として森の中にいたということで、何もかも1から習得しなければならなかった。 「来年度から高校二年生として編入して、人間の女の振りをして高校に通いたい…… 間に合う気がしねぇんだけど、どうしてもやりたいのか?」 「やりたい、じゃなく。 やるしかない」
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