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「宏さん?」
先ほどのやり取りを思い出し、突っ立ている青島を、未来が不思議そうに見上げる。
あいつの麻婆豆腐で、こんな嬉しそうな顔を見せやがって。
元はと言えば、全部お前だ。
あとで覚えておけ。
今すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑え、未来の額を人差し指でつつく。
「手伝えることがあったら言え。事務所にいる。」
「はい。何だかすみません。」
申し訳なさそうにしている未来の頭を、青島はぽんぽんと撫でてから、部屋から出て行った。
「お姉さんって、とっても大事にされてるんですね。」
美優と2人になって、突然、そんなことを言われた未来は、きゅうりを切る手元が狂ってしまい、包丁をかすってしまった。
「そう言えば、白石さん。私、自己紹介がまだだったね。中西未来です。よろしくね。」
美優が自分のことを『お姉さん』と呼んでいることが気になっていたのだが、気恥ずかしいのを誤魔化すように言った。
ひたすら野菜を切って入れてを繰り返した鍋から、ふつふつとミネストローネのいい匂いがしてきた頃、事務所のブザーが鳴った。
未来が事務所を覗くと、青島が引き戸開けていて、蓋をしたフライパンを持った王が、入ってきた。
「王くん、雨は大丈夫?」
「ミキサン コンバンハ。アメ スコシ フッテル。オオキイ オサラナイカラ フライパン。」
そう言って王は、恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう、嬉しい。王くんの麻婆豆腐、今日はちゃんと食べれる。お皿に移すから、そのまま中に持ってきて。」
そう言われた王がチラッと青島を見ると、青島は、どうぞとばかりに手を差し出した。
「オジャマシマス。」
と王が部屋に入ると、緊張した面持ちの美優が立っていた。
「シライシサン…。トモダチッテ シライシサン ダッタノ。」
王は少し驚いたようだったが、それ以上は特に気にする様子もなく、未来が用意した鍋敷きの上にフライパンを置いた。
「私の名前…。」
呟く美優に、未来は自然と笑みがこぼれる。
「さっき私と王くんを見かけて、王くんにさようならって言えてなかったからって、間違えて事務所を訪ねてきたの。」
「そしたら大雨になっちゃって。それで中に入ってもらったの。みんなで再見会しようって話してたでしょ。2人とも突然ごめんね。」
未来は、皿を出したり箸を出したりしながら、さりげなく言った。
美優は小さく首を振り、王はにっこりと笑った。
「ウレシイナ。シライシサンモ アリガトウ。」
美優は目をしばたたかせて、今にも泣き出しそうな顔をして、それでも満面の笑みで王に応えた。
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