群雨

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部屋には、小さなこたつテーブルしかないので、事務所の机にテーブルクロスを敷いて、料理や取り皿などを並べた。 辛くて美味しい麻婆豆腐は、王が持ってきたご飯と、未来の炊いたご飯を空にしてしまい、ミネストローネとサラダを食べた王は、何度もおいしいと言って、美優も嬉しそうだった。 食事の間、もうすぐ帰国してしまう王の話を聞こうと、意図せず質問攻めになってしまったのだが、日本に来て驚いたこと、これからのことを生き生きと話す王の聞いているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。 バケツリレーのように、皆で食べ終えた食器を台所に運び終えると、未来は青島と美優に向かって言った。 「白石さん、お家はどこ?宏さんに送ってもらいましょう。」 「ありがとうございます。でも父が駅まで迎えに来てくれるそうなので、電車で帰ります。」 そう言われて、未来と青島が顔を見合わせていると、王が口を開いた。 「ボク エキマデ オクルヨ。」 思いがけない王の申し出に、美優が嬉しそうな表情を見せると、それなら、と未来は言った。 「その間に王くんのフライパン洗っておくから、帰りに寄って。」 そうして皆で外に出ると、雨は上がり、街灯に照らされた道路は、濡れて鈍く反射していた。 「すみませんでした。ごちそうさまでした。」 そう言って何度も頭を下げる美優を見送り、未来と青島が部屋に入ると、さっさと台所に向かおうとする未来の腕を、青島が掴んで、抱き寄せた。 「宏さんっ、王くんが戻ってきちゃいますよ。」 青島は、わかってるっと強い口調で言うと、眉間に皺を寄せている未来の唇を塞いだ。 強く押し付けられる唇に、んっ、と未来から小さく声が漏れると、青島は益々力を入れた。 やがて未来の体から力が抜けると、青島は未来の背中に優しく腕を回してから、頭に顎を乗せて、ふぅと一息ついた。 「宏さん、ごめんなさい。」 青島は姿勢を崩すことなく、抑揚のない声で聞き返す。 「何に対して、謝っているんだ?」 未来も身じろぎすることなく、答える。 「突然、あんな形の夜ごはんになってしまって、ごめんなさい。」 すると青島は、フッと笑った。 「謝ることは何もないよ。俺の居心地がいくら悪そうでも、お前が俺に気を遣うことなく、あんなことできるなら、いくらでもつき合うさ。」 優しい口調の割には、嫌味とも取れる言い回しに、未来はその真意を測りかねた。 「やっぱり怒ってるんですか?」 そう言われて、青島はまじまじと未来の顔を見た。 「なんでそうなる?」 「あぁ、言い方が意地悪だったか。あの場を喜んでるって言ったら、それこそ嘘だろ。でも、お前になら喜んで巻き込まれるよ。」 言い回しは相変わらずなのに、その表情からは包み込むような優しさが感じられて、未来は背伸びをして、青島の頬なのか口なのか、その上がった先に、軽くキスをした。 「お前っ、人がせっかく止めてやったのに。」 狼狽える青島が何だかかわいく見えて、未来はクスッと笑った。 「フライパン洗ってきます。王くんが来たら、入り口開けてあげて下さいね。」 部屋に入ろうとすると未来に向かって、青島は言った。 「まだ終わってないぞ。」 青島の声を聞きながら、未来はまた、クスッと笑った。
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