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 ひゅるひゅるひゅる、と屋上をひんやりとした秋風が走り抜ける。  風の温度は下がっても日差しはまだ熱く、僕は階段室の日陰で額の汗を拭った。   「じゃあ説明してもらおうかな」  華原は僕の対面で仁王立ちをしている。  ホームルーム後、彼女はこっそりと「放課後、屋上に来て」と僕に言った。告白ではなさそうだと思っていたが、まさか取り調べが始まるとは。  どちらかといえば説明してもらいたいのは僕のほうなんだけどな。 「大した理由じゃないよ。これ拾ったんだ」  僕はポケットから黒文字の『恋』を取り出す。  本当はホームルーム後に返そうかと思っていたが、彼女の反応を見て大勢がいる場所で取り出すのは憚られたのだ。 「あ、それ私の名前」 「やっぱりか。親からもらった大事なもの落とすなよ」  僕たちは生まれたときに親から『名前』を貰う。  文字通り、文字をのだ。僕も『昭』と『人』を持っている。  その手のひらサイズの文字が何でできているかは知らないが、黒くて薄く、水や変形に強い。ポケットに入れたまま洗濯してしまっても問題ない。 「ああ、うん。ありがとう」  華原はお礼を言いながら『恋』を受け取り、それをスカートのポケットに入れた。僕はそれを見て、思わず口を開く。 「名札に付けなくていいのか」  『名前』は名札に付けて持ち歩くのが一般的だ。  薄いカードのような名札には文字が吸い付く仕掛けがあり、一度貼りつけば簡単には剥がれない。 「あとで入れるよ。名札、鞄に入れっぱなしだから」 「……そうか。じゃあ僕からも質問だけど」  目の前にいる彼女を見遣る。その顔は笑っても怒ってもいない。  少しの逡巡ののち、僕は結局踏み込んだ。 「なんで偽名使ってるんだ?」
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