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 とんとんとん、と僕は階段を上る。  屋上は僕らの教室がある三階から小さな階段を上がればすぐだ。ただアニメみたいに広くもなく景色が良いわけでもないので、放課後も人気(ひとけ)はまったくない。 「じゃあ説明してもらおうかな」 「それもこっちの台詞だよ」  昨日からおかしいと思っていた。  どうしてホームルーム開始直後に階段を転がり落ちてきたのか。そして今日、空から降ってきて確信した。  僕はポケットから取り出した『恋』を掲げながら彼女に尋ねる。 「なんで自分の名前捨てたんだ」  華原は『恋』を教室の窓から投げ捨てていた。  昨日は廊下側の窓から、今日は校庭側の窓から。ホームルームが始まって、生徒や教師が教室に集まっているときを見計らって投げたのだろう。 「よく飛ぶんだよね、これが」  何でできてるかは知らないけどさ、と彼女は笑う。  それは朝見たのとはまた違う種類の笑顔だった。 「別に大した理由じゃないって。私、恋色って名前嫌いなの。名前が原因で中学の頃いじめられたりもしたからさ。……たぶん、ドラマチックすぎるんだよね」  ドラマチック。それは昨日も彼女が口にした言葉だ。 「不釣り合いなんだと思う。『恋色』ってなんとなく物語の主人公っぽい名前でしょ? だからごく普通の中学生活には違和感でしかない。目立ちすぎるんだよ。もし私が絶世の美少女なら良かったけど、私は普通の美少女だし」 「美少女ではあるんだ」 「自己評価は自由でしょ」  そう言ってしまえる彼女は、僕にはとても強い人間に見える。そんな彼女を歪ませてしまうほど凄惨な中学時代だったのか。 「私の名前ほど、私も、世界も、ドラマチックじゃない」  ひゅるひゅるひゅる、と風が吹く。  彼女の背景に広がる町並みは昨日と何も変わらない。 「だから捨てたの。今まで何回も捨ててる。でも、戻ってくるの。呪いみたいに。みんなが拾って届けてくれて、それで言うんだ。『親からもらった大事なものなんだから大切にしなさい』って。墨田くんも言ってたよね」  彼女は僕の目を真っすぐに見つめる。  そして「じゃあ説明してもらおうかな」と続けた。   「親からもらった大事なものが私を傷つけるのに、それでも大切にしなきゃダメなの?」
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