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「そうよぉ。……早く帰らないと、私みたいなのが、襲っちゃうわよ」
暗闇の中から聞こえる、太い裏声。
赤く尖った付け爪を見せ付けるように、威嚇ポーズをして現れたのは、夏祭り主催者の一人である──駒沢恵子。
長くて太い、付け睫毛。深紅の唇。
後ろに纏め簪を挿した、緩いパーマの掛かった明るい髪。身体のラインを強調した、赤と黒の派手な服。
隣町の駅に近い場所でオカマバーを経営するゲイであり、元教員。
「自分じゃ、気付いてないかもしれないけどぉ。……丸山くんって、なーんか美味しそうなのよねぇん」
「……ぇ、」
「ね、小山内せんせ?」
ニヤッとして上目遣いをする恵子が、小山内の腕に可愛らしく絡み付く。……まるで、山口のように。
「……ま、まぁ……そうだな」
答えながら、小山内が誰もいない方向へと視線を逸らす。
「──!」
『何て事を言うんですか』──そう、苦笑いしながらも、否定するものだとばかり思っていた。
恵子さんに圧されて、仕方なく……だと思い直すものの。やはり、そんな風に答えて欲しくはない。
「……小山内さんと、恵子さーん。ちょっと、いいですかー!」
遠くの主催者用テントから、夏祭り関係者の一人が大きく手を振った後、手招きをする。
「……」
遠くからでも解る。村役場の職員兼スクールカウンセラーの──溝口|啓造(けいぞう)。
シルバーの細渕眼鏡を掛け、少し白髪の混じった細身の年配者。
人当たりが良く、いつも穏やかで優しいと評判の先生だ。
「はぁーい! いま行きまぁ~す!」
「……って事で、悪いな。気を付けて帰れよ」
トントン、と僕の肩を二度叩くと、踵を返した先生が恵子さんと一緒に、足早に去っていく。
「……」
ザザザ……
上空で轟く、風と木の葉の擦れる音。
触れられた所が、いつまでもベトベトと纏わり付いているようで……気持ち悪い。
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