爪痕

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ふと脳裏を過る、麻生さんの笑顔。 今の姿を……僕は、知らない。けどきっと、以前とそう変わりない環境の中で、仲の良い人達の助けもあって懸命に笑顔を保ち続けているんだろう。 ……凄いな、麻生さんは。 ちゃんと前を見て、自分の足で立ち上がって、一歩ずつ着実に進もうとしているんだから。 「先生……」 「……なんだ」 「ちょっと……酷い事……言っても、いいですか?」 意を決して見上げれば、少しだけ困惑したような顔を見せた小山内先生が、口角を持ち上げて笑顔を取り繕う。 「黒川くんが僕に、二十年前の犯行を見せたのは……溝口先生が危険な人物だと、教えたかったんだと思います。 実際この目で見て……確かに、嫌悪感を抱きました」 「……」 「でも、何ていうか。……それでもまだ、ちゃんと受け止め切れてないんです」 ずっと感じていた、モヤモヤしていたものを言葉にして吐き出せば、少しだけ胸の内が軽くなったような気がした。 「溝口先生は、僕が転校してきた時から目を掛けてくれて、優しく接してくれました。 僕は……母の職業や、複雑な家庭環境もあって。この村では普通じゃなかったから。一歩外を出れば、近所の人達に陰口を叩かれ。クラスでも中々馴染めなくて。 そんな僕に、最初に声を掛けてくれたのが……溝口先生だったんです」 母の彼氏が遊びに来た日は──帰りたくなくて。いつまでも放課後の教室に残る僕に気付き、話し掛けてくれたのが……スクールカウンセラーの溝口先生だった。 先生は僕に、居場所を与えてくれた。……いや、先生が、僕の居場所になってくれた。 スクールカウンセラーの教室内で、先生と二人で過ごす時間は、本当に楽しくて。ただそれだけで、救われた。 嬉しかったんだ。……先生は、僕が幼い頃から思い描いていた、父親のように感じていたから。 『学級委員に、立候補してみたらどうかな?』──中々クラスに馴染めない僕を心配し、先生からそう提案された時は、不安でいっぱいだった。でも、それは杞憂に終わった。麻生さんのサポートもあり、そのお陰で少しずつ周りの人達と関われるようになって…… この村に来て良かったと、この時初めて思えるようになっていた。 「でも、それは……黒川くんの面影を追ってただけで。……僕を身代わりにする為の優しさ、だったんですよね──」 「……」 口にしてしまえば、全てが幻のように消えてしまいそうで。 キュッと唇を引き結び、胸元辺りの布地をギュッと掴む。
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