爪痕

7/8
39人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
こんな風に、僕を見ていてくれていたなんて……思ってもみなかった。 でも── 「買い被り過ぎです、先生。……僕は……」 僕は、そんなにいい人じゃない。 強くもない。 自信がないから。認められたいから。 だから、学級委員という仮面を被って、自分弱さを隠していただけ…… 「……買い被りなもんか。もっと自信を持て!」 「……」 「丸山を心配して、励ましてくれる仲間なら、ちゃんといるじゃないか」 そう言って、先生が手提げ袋に視線を移す。 「大丈夫だ。……お前なら、大丈夫。 今は不安でいっぱいだろうが、……向こうに行っても、丸山自身をちゃんと見てくれる人は、必ずいるから」 「……」 ……どうして。 どうしてもっと早く、気付けなかったんだろう。 小山内先生の優しさに。人との繫がりに。 手提げを抱える手に、ぎゅっと力を籠める。 「……すみません。 僕、この前先生に……酷い事、言ってしまいました」 自分本位な考えで。黒川くんにも、非道い事を…… 痺れる指をそのままに、頭を下げる。 「気にするな」 ふわ…… 喫茶店での事を素直に謝れば、瞳を緩め口角を持ち上げた先生が、再び僕の頭に手を乗せる。 「………」 ……何だろう…… たったそれだけで。その一言で。 さっきまであったこの先の不安が、この村での蟠りが、みるみる小さくなって…… 心の奥がふわふわして……あったかい…… きっと、黒川くんも……こんな気持ちだったのかな。 睫毛を伏せ、唇をきゅっと引き結ぶ。 溝口先生に感じていたものとは、違う。理想の父親のように感じているのは……同じなのに。 喫茶店で横峰に詰め寄られ、僕を庇ってくれた時もそう。──それまで先生に抱いていたものとは違う何かが、僕の中に息吹き始めたのを確かに感じていた。 ──離れたくない。 もう少し、先生と同じ時間を過ごしたい。 でも、そんな事……言えない── 「……」 少しだけ涼しくなった風が吹き、悪戯に僕の横髪を乱す。 頭を上げ、濡れた睫毛を持ち上げれば、先生の指がその横髪を梳いた後、僕の頬を包む。 大きくて、安心する……温かい手。 「………元気でな」 「……」 涙が、視界で次第にぼやけていく。 空を染めていた茜色の光は、もう地平線近くの空から消えかかろうとしていた。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!