爪痕

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「丸山」 玄関ドアのノブに手を掛けようとして、声を掛けられる。 年季の入ったアパートの外廊下に点々とある、灯りの少し隠った照明。そのせいで、僕の足元から放射線状に伸びる、二つの薄い影。 振り返れば、胸ポケットから何かを取り出しながら、先生が僕に近付いていた。 「……これ、持っててくれないか?」 差し出された、長方形の小さな紙。 良く見れば、それは先生の名刺で。下部には、ボールペンで走り書きされた、11桁の番号が。 「何かあったら、連絡して欲しい」 「……ぇ」 トクン…… 心が、揺れる。 ──どうして。 僕は、先生が好きだった黒川くんじゃ、ないのに…… そう否定する気持ちとは裏腹に、嬉しい気持ちが湧き上がっていく。 「もし向こうで、居場所が無くなって、頼れる奴が周りに誰もいなかったら──その時は、助けに行く」 「……」 「俺が、お前の居場所になるからな」 「──っ、!」 言い切ると同時に僕の手を拾い上げ、半ば強引にその名刺を握らせる。 瞬きもせず、視線を上げれば……暑苦しくも優しい笑顔を見せる先生が、僕の髪をくしゃくしゃとした。 「……」 多分、この言葉は……二十年前の黒川くんに、伝えたくても伝えられなかった台詞だ。 なのに……何でだろう。 凄く、嬉しくて。 勝手に涙腺が緩み、熱い涙が次々と頬を伝う。 「……はい」
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