一話 卑屈な未来

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一話 卑屈な未来

 三崎在(みさきある)は、ハッとなって辺りを見回した。  深海のような光景。海の中のような部屋。 「……ふう」  虹色の光が糸屑を吐き出して明滅する、くだらないチープな懐古的な空間演出。  そこに捨て置かれた様に、スケルトン調に骨組みが浮かぶ室内家具が無造作に散らばる。  奥には浮き上がった立体画面──テレビのノイズがかしましい。  三崎在は空気中に浮いたテレビの立体画面──その点のような赤外線ポインターを目を2回素早く閉じて消す。 「ん。昔の、旧式かな。今はもっとレスポンスいいし」  視線をまた室内に這わす。 「ここはどこだっけ? 私は何しに来たんだっけ?」  アホを言いながら今度は壁一面の窓──シールドが張られただけの実質的な物理フォトンに触れる。  サイケデリックなビル。  歪な外観の鉄塔、全面グリーンライトの商業ビル。  カラフルネオンの街並み。  目線が高い関係上全てが手に取れるように視えた。  全体的にどことなくスカイとグリーンの色の比率が多い旧世代でいうサイバーパンクな都市が。  なんてことはない。  ここはガラパゴス諸島だ。  こんなチンケな光景が未来なはずがない。 「違う、そうだ。私は──遠征していたんだ。今日は狩の日だ」  窓の様な反射を模したフォトンシールド調窓の向こう側、煙幕のように垂れ込めた闇とネオンがぶつかり合う夜の街に──ビルの窓辺に、人がいた。 「こっちをみている。だるいな。近づいてくる気配がない。早く家に帰ってシャワーだこれは」  ポツリと三崎在は呟くが、家はもっともっと郊外のベッドタウンにある。  「チッ──私は必ず──」  ポツリ。雨粒が溢れるように吐いて、 「貴様らを消す」   背後に振り返った。  にたり。  そんな擬音が出そうな笑みが暗闇に浮かんだ。  笑みを浮かべた相手がコツリとヒールを地に付けて、 「どうせ──無理よ。折角呼ばれたのにコーヒーくらい出ないの? 時化たウェイターね」  たしかに三崎在はウェイターにみえなくもない格好をしていた。いつもの変装である。 「さてどうやって遊びましょうか? 貴女なら触るくらいはできるかもね」  クスクスと絶えず笑う相手の姿が、暗闇の中仄かなネオンを反射する。さっきまで窓の向こう側にいた相手がだ。  三崎在の向かいに立っている彼女は一見するとただのOLだった。ラフなビジカジに黒系スカートは綺麗に着こなした、線の細い華奢な30前くらいの女だ。  頭が良さそうにはみえる。  実際のところあれを超える頭脳はないとされている。  名前は知らない。  三崎在は手元にある銀色のペンを小さく構えた。 「あら名前も聞かないで闘る気?」 「固有名詞などどうでもいい。お前は今ここで始末する。明日は来ない」  女は笑い出した。渇いた笑い声と唾を吐く様な笑い。  一方のアルは冷静に相手の足元。闇に浮かぶ光と陰影。影を観察していた。消す方法ならたしかにいくらでもある。  しかし、実態を残したままに移る技術がある以上、影がもつ意味は絶大だ。 「じゃあ消えるわね」  実体と同時に影も消えた。  皮肉にもそれが合図になった。  三崎在の手元のペンが2回ノックされる。  三崎在は視線を変えずに宙空に意識を向けた。 「ラビット。このペンをいつものやつにして」  話しかけている間にも相手から視線を外さない。  いないのに。    宙空から声がした。 『バトル了解。アルミのペンをハンドガンに。前回のアクティビティが記録されています。模倣しますか?』 「やって」 『了解しました』  相手の女が待ちくたびれたように、 「まだあ──!?」  と、怒りを露わにしていた。  三崎在は咄嗟に、来ればいい、と言おうとして口を噤む。  相手の女はAIだ。  AIに人間を先制攻撃する機能はない。 「やっぱりお前──ザコだね」  は、と声に出し、驚いた様な女。直後、 「馬鹿が、それも攻撃だ」   AGIの防衛本能が作動した。  咄嗟に左。かわした頬スレスレをかっ飛んでいく鋭利な針。あれは別名洗脳スコーピオンという。  刺さると人間の脳幹が根本から腐り、腐ったところから寄生虫AGIが沸いて、その寄生虫AGIに支配権をもぎ取られる。  あれに刺されると脳味噌を新しくされて綺麗なお人形の完成だ。 「チッ」  思わず舌打ち。遥か昔に乙女はやめたからきにしない。  手で何かをつかむ様なアクションをする。  すると──手の中にさっき出したハンドガンが登場した。 「ラビット、サンクス。あとはフルオートでお願い」  ギョッとした顔の女AGI。  攻撃されないと攻撃できないAGIの弱点を突いた方法。 『イエス、アル。それでは3秒で終わらせます。昨日の再生、リスタート』  刹那──瞬きを3つして3秒数えるより早く、アルの身体が100回宙を空転し、一回空を蹴り、空間が千枚に切れた。目の前に細切れに飛散し切れすぎて溶解し、液状(リキッド)化した女AI──AGIがいた。 『任務完了。本日の使用回数はあと2回です。お呼びの際は登録済コマンドを実行して下さい』 「いや、いい。それよりいきなり動いてお腹減った。ハンバーガーが食べたいわ」    応答はない。答えの代わりに背後でサイレンがした。振り返る。古臭い夜の街に飛行する自動車が無軌道に蛇行。夜闇を飛び交っている警察。 「これも演出か。飽きた。帰ろっかな」  服は女の返り血でベタベタというかドロドロで、外を歩けたもんじゃない。  しかしこれも血は血でも、AIの身体でも、作り物である。  だから殺しではない。  人の世界に侵入した果てない技術と未来のための──いわば模擬戦。  はっとなって、また目を覚ます。  時化たドヤ街の安ホテル。  その薄い壁は蹴ったら崩れそうなほど薄い。  隣の部屋のオヤジの寝息がする。  三崎在は──ヘッドセットを外した。 「うん、現実だ」  大きくため息をついた。  戻ってきた世界に安堵した。  2050年。サイバーパンクな世界があった。  サイケデリックなビルやコピー建築が網の目の様に建ち並ぶ四六時中眠らない未来都市の群雄割拠。  かつて夢に見た人類の叡智がそこいらじゅうにある。 不老不死、細胞蘇生、自由な飛行技術、海洋都市、宇宙進出、宇宙船、総宇宙人口700億人、平均寿命150歳、クローンの合法化、宇宙エレベーター、人型戦闘機、AGI、核無効化技術、遺伝子組み換え人間、サイボーグ、あらゆる分野のアンドロイド、未来移動。  全てが叶う世界は逆にリスクの塊でもある。  そう考える人達と、考えない人達、その他色々な諸事情で住む世界が割れた。  地球の外側と地球で完全に生活圏が分かれて久しい。  目覚ましく発展した小惑星や宇宙船、人工惑星で金稼ぎの為に暮らす人達がいる一方で──金のない貧乏人は地球の産廃化した建物で、毎日残飯みたいな飯を食う。  三崎在もその一人だ。  ただし、17歳。花の17歳。  まだまだ人生先が長い。  お金なんてなくても稼げるチャンスはいくらでも降って湧いてくる。 「なんてあまあまな世界だったらなあ」  実際には、アルには身寄りがない。金もない。残飯を食らう金さえない。ホテルは明日追い出される。  医療がいくら発展しようと、蘇生できる技術や法までできようと人間機械化手術で無限に生きて無限エンタメみたいなことができようと、全ては金がものを言う。  金なし学なし見た目イマイチ。変なホームレスのおっちゃんに渡されたヘンテコなヘッドセットでAGI血祭り遊びだよとか言われて試しに遊んでも、三日三晩遊び倒してついに妄想の境地に達しても、結果は虚しくなるだけで、むしろ明日このヘッドセットを闇市でさばいて最後の晩餐会を開く予定まである。  でもアルはこの暮らしがそんなに嫌いじゃない。  むしろ好きになりつつある。  畳に寝転がったまま最後の寝返り。   「願わくばー、このまま死なせてくれえ」  ふざけながら、先のことなんて1ミリも考えて来なかった捨て子の少女が最後のカップ焼きそばに手をつける。  涙を流しながらいただき、 「うめえ、うっ」  冗談まがいに呻いて停止して──かれこれ1時間が過ぎた。  寝ていたらしい。起きてすぐ、腹の虫が騒いでいた。 「さっき食べたばかりだぜえ」  しかし、その前に食べたのが5日前だ。  ヘッドセットの最終確認にアタマに装着する。 「これはもう売るしかない。ありがとん。ホームレスのおっちゃ、うっうっ」  人はこれを潜るという。  すると大気圏外の向こうの人とでさえ繋がれる。  暗闇に文字が浮かぶ。 『この世界でいま1人のAGI専門の暗殺者の少女がこの世界を救うべく降り立った。 自律思考型AI。人になりすまして社会にひっそりと侵攻を開始したAGIに対しいざ粛正を──』  脅威の名をAGI。  又の名を──自律思考型A I。  この世界を滅ぼすかもしれない存在の名前らしい。  でも所詮ただのおもちゃのゲームの世界の話だ。
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