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「東山にある神社には近づいちゃいけないよ。人の血を吸う恐ろしい神様がいて、入ると食べられてしまうから」
薪を取りに東山へ向かったとき、昔じいさまにいわれた忠告を思い出した。
見渡す限り山が広がる故郷。ここはわずかな平地を畑にして暮らすような寒村だ。十年前に親をなくし、成人を控えた今は田んぼを耕して暮らしている。俺のいる西山には薪になるような枝振りの気が少ないから、東山の奥まで採りに行っている。
「神様、か。東山は崖が多いから、子供に忠告するために大袈裟に言ってたんだろうな」
独りごちて、東山の裾野にある神社の前を通り過ぎる。鳥居には風雨に晒され神社名がかすれて見えた。
鬼ノ神神社。
昔は大きな社だったのだろうが、今はだだっ広い拝殿とそれから伸びる小さな社(やしろ)のどれにも手入れされたようすがない。
くすんだ色の壁板に、落ち葉だらけの賽銭箱。時折風の音がヒュウ……と聞こえてくる。
「血を吸う恐ろしい神様」がいる気がして、薄ら寒くなる。
「気味が悪い。さっさと薪を取って帰ろう」
もうすぐ冬がやってくるから、薪はありすぎても困ることはない。背負えるだけ背負って山を降りようとしたとき、大粒の雨が降ってきて、あっという間に薪もろとも濡れ鼠になってしまった。
「下着までビシャビシャだ。どこか屋根のある場所……」
屋根といえば、来るときに通った神社しかない。とにかく雨がしのげたらいい。賽銭箱の向こうにある格子の引き戸をそっと開ける。
「この感じでは無人だろうし、雨宿りさせて貰おう。いくら恐ろしいと言っても神様だ、問答無用で祟り殺されたりはしないだろう」
拝殿の中はほこり臭く薄暗い。長年手入れされていないのがよく分かる。
さすがに神様が住まう奥の間に入るのは気が引けて、格子扉のすぐそばに体をもたれかけているうち、気を失うように眠ってしまった。
なんだか温かい。猫でもくっついてるような温度だ。
もしかしたら、知らないあいだに家に帰ってきたのかもしれない。
「ん……」
「起きたか」
気付けば、宝石みたいな薄青の瞳をした青年に抱きかかえられていた。透けるような白い肌が、暗い室内で発光しているように見える。俺の勘違いだろうけど。
「この山は夕暮れになると急に冷える。濡れたままでは死んでしまうぞ」
「へっ……? あ、あんただれだ!?」
「俺はシュリ。以前は鬼神(おにがみ)と呼ばれていた。もっとも、今は参拝する者もいないようだがな」
鬼神。
その言葉で、ここは廃墟みたいな神社で、今は夢を見ているんじゃないんだと我に返った。
「あ、暖めてくれてありがとう。もう雨はやんだみたいだし、家に帰る。世話になった!」
男の腕から抜けようとしたが、再び捕らえられる。
「待て。長い間待ち望んでいた生け贄が自ら飛び込んできたんだ。それに、お前のお陰で長い眠りから目覚めた、詫び代わりに食わせろ」
「俺は生け贄なんかじゃない……っ」
グイ、と着物の袷に手を入れて肩をはだけられた。襦袢も一緒に剥かれたせいで、上半身裸の姿で床に押しつけられる。
「なんだ、男か? 女みたいな顔をしているからそうだとばかり思っていた。……まあいい、顔は好みだし生身の人間に会うのも久々だ。存分に愉しませてもらうぞ」
同じ世界のものとは思えない美貌が近づいてくると思ったら、唇を吸われていた。きっと、柔らかい顔あたりから食べるつもりなのだろう。
「んんっ!!」
バタバタと足を動かすが、シュリの片脚で軽く封じられてしまう。鬼というだけあってかなり大柄だ。
「大人しくしろ。怖くないように食べてやるから安心しろ」
「だれが食べられるか……!」
睨むがもう一度口付けられ、舌を絡められる。こんなこと、村のだれともしたことない。
唇を外したいのに、後頭部を押さえつけれているせいで身動きが取れない。飲みきれなかった唾液が口の端から垂れてゆく。
「……ふぁっ」
急に口付けが終わり、ケホケホと咽せた。他人の唾液というのは甘いんだ、と命の危機なのに変に感心してしまった。
が、急に体の自由が効かなくなってきた。指は力が入らないし、手足に鉛の重りを付けられているようだ。
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