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「ーー元気にしていたか?」
しかめっ面のままティーカップを傾けていたエルディックから問われ、リシャーナは現実に引き戻される。
「見ての通りです」
「見てわからないから聞いているんだ」
「……今朝までは元気でした」
「つまり、今は元気じゃないとでも?」
「……」
「俺に会ったから元気が無くなったとでも言いたいようだな」
「このお茶、美味しいですわ。ケーキも美味しそう。いただきます」
会話を拒むようにリシャーナはフォークを手に取り、ケーキを一口大に切り取る。
ラズベリーのチョコレートケーキは、リシャーナの大好物だ。学生時代もエルディックと一緒に食べたし、一番好きなケーキだと伝えたことがある。
それを今日、用意したのは偶然なのだろうか。それとも何かしらの意図があってのことなのだろうか。
「美味しいですね」
「そうだろうな」
「でも、自宅で食べたらもっと美味しく感じられたと思います」
「はんっ、可愛げのないことを言うようになったな、お前」
「大人げない態度を取るエルディック様にだけは言われたくありませんわ」
「へぇ」
攻撃は最大の防御とばかりに憎まれ口を叩けば、案の定、エルディックは半目になった。
だがしかしすぐに頬杖を突くとニヤリと笑った。
「でも、しっかり完食してるな。もう一つ食べるか?」
「結構です」
「そうか、ならトラダ通りにある“エルミン・シュシュ”のキャラメルシフォンは、俺が貰おう」
「……あ、あー」
「ぷっ、そんな顔をするな。ほら」
エルミン・シュシュは、メイン通りにある行列のできるケーキ専門店。特にキャラメルシフォンは、幻のケーキと言われるほど入手困難なそれ。
大貴族みたいに強いコネが無いリシャーナは、エルディックに「一度食べてみたい」と無邪気に語ったことがあった。
そんな何気ない会話を覚えていてくれたのだろうか。
いや駄目だ、駄目。期待しちゃいけない。都合の良いように受け取ってはいけない。
そう自分に言い聞かせても、目の前に置かれたシフォンケーキを見つめながら、リシャーナの心は騒めいてしまう。
「食べないのか?安心しろ、ホールで用意してあるから、まだあるぞ」
フォークすら握らずジッとケーキを見つめるリシャーナに、エルディックは呆れ声で言う。
その口調が以前の彼のままで、リシャーナは我慢の限界を超えた。
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