俺の知らない、おまえとあいつ。

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俺の知らない、おまえとあいつ。

そんな俺の思いは、あらぬ形で叶ってしまう。 「おつかれさまです!」 そもそも、退勤時間ぴったりにそそくさと帰る支度をして湊が好きなケーキ屋に寄って行こうと、慣れないことをしたのが間違いだったのだろう。 「すみません、フルーツタルトとチーズケーキ、一つずつください」 甘い物には目がない湊の大好物、フルーツタルトを買う。湊の喜んでくれる姿を頭に思い浮かべながら帰り道を急いでいた。 「え?」 思わず、声が出た。 街灯の灯りがぼんやりと夜道を照らす、静かすぎる住宅街。 曲がり角を曲がると、俺の目の前には会いたくて仕方なかった恋人と俺の知らない、男の姿が見える。 「まじか…」 咄嗟に俺は、回れ右をして今、来たばかりの曲がり角に身を隠す。 多分、2人までの距離は近い。 自分の心臓が飛び出しそうな音と、2人の会話が嫌でも俺の耳に響く。 「今日もおつかれさま、湊くん。毎日、ありがとうね」 「いや、司が気にすることじゃないから」 「でも、なんだかんだでもう3週間とかになるじゃん?仕事もあるのに、悪いなって」 「司はいつも気にしすぎだから、いいんだって。俺にまで気使わないでさ」 「うん…ありがとう。さすが、俺が好きになった湊くんだ。でも、大変だったらちゃんと言って?」 「おい、またそういうこと言う!気をつけろよ?」 どうやら二人は知り合いのようで、随分と仲良さげだ。 ドクン、ドクンと心臓が飛び出してしまいそうなほどに鳴る。けれど抑えられそうにもない。 好き、と言った。俺の湊を。 考えたくもない現実を突然、目の前に突きつけられた気分だ。 曲がり角にあった電柱に身を寄せ息を潜めていると、二人の足音が遠ざかっていった。 「なんだ、今の?ってか、司って、誰?」 小さくなる後ろ姿に呟く。もちろん、湊には聞こえない。だが、苛立つ気持ちは抑えられない。 誰だよ、あいつ。司って誰だよ。 聞きたい、今すぐ問いただしたい。けれどそうしたら湊はまた俺から離れてしまうかもしれない。 今すぐ会いたい。けれど会えば細い身体が軋むまで抱きしめてしまうかもしれない。 この日、俺は初めて自分の意思でやけ酒というものを味わった。
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