落ちたのは彼なんかじゃなくてこっちの恋なのにね

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 学校敷地の広場で彼女はのんびりと座っていた。別に意味が無くてこんな広いところに居るのが好きなだけ。単にそれだけの事だった。  非常に平和でこの上なくのんびりとできている。  しかしそんな時間はすぐに終わってしまった。急に彼女の背中に衝撃が走った。 「これは堕ちてしまった」  急に背後でドサッと言う音が聞こえて、男がその場に居てつぶやいている。どうやら今の衝撃は彼がぶつかったとわかる。  けれど、彼女はふと周りを見上げてみたが、その周りには建物はおろか木さえもなくてただ広い空が広がっているだけ。人なんて登れるところはない。 「貴方、いったいどこから落ちたの? こけたの間違いじゃない?」 「違うよ。堕ちたんだ。君がいて救かったよ」  ちょっと変なことを言うのが分かったので、彼女は怪訝な顔をして彼から離れた。 「おかしな言いがかりをしても知りませんから。落ちるようなところはないでしょ?」 「そうじゃなくて、堕ちたんだ。俺は天使なんだけど堕落してしまったんだよ」  訳が分からない。これは新手の勧誘かなんかなのだろうと彼女は思って「そうですか。興味ありませんから」と告げてその場を去ろうとした。 「まあ、そういわないで。こっちの世界のことは知らないんだ。良かったら君が教えてくれない?」  やはり勧誘なのだろうか。こんなところでそんな事をしてなんのメリットが有るんだろう。人混みの方が有効なんじゃないだろうか、と思いながら彼女は返事もしないで気分を台無しにされた事を怒りながら歩き続けた。 「君のいるところに堕ちたのもなんかの運命かもしれない」  完全無視をしているのに彼は話を続けながら彼女について歩いていた。正直、しつこい。 「こんな美しい人と出会うなんてついてる。ねえ、君。話聞いてる?」 「聞いてませんよ。勧誘かと思ったらナンパですか? 私みたいな不細工に用事はないでしょ。だから付いてこないで」 「不細工なんてそんな。確かに美人ではない。愛想も悪い。でも、可愛いし、それに笑ったらチャーミングなんじゃないかな?」  やはりナンパだと思って彼女はまた無言になって歩き続けた。それでも彼は全く諦める様子はない。もう広場を過ぎ、学校から離れ、街の近くへ辿り着いてしまった。 「ちょっと、好い加減にしてくれませんか? 貴方と関わりたくないんです」 「そんな事言わないでよ。人間の世界なんて俺、全く知らないんだから」 「その設定もう良いですから。付きまとわないで」  この時の彼女は完全に怒っていた。それで彼はシュンとしてその場に座り込んでいる。さっきまでと違って周りの目が有るのにだ。 「こんなに冷たくされるなんて人間の世界は怖い」  いじいじと子供の様に泣きそうになっているのでこれには彼女も困ってしまっていた。道行く人達が二人の事を眺めているから。 「取り合えずそんなところでいじけないでくれません? ナンパじゃないならその証拠を見せて」 「証拠? もう羽根は無くなっちゃったしどうしよう?」  彼が本当に涙目になって彼女の事を見上げながら話している。その時に彼のおなかがぐぅーっとなった。 「なんだこれ? 腹がおかしい」 「おかしいのは貴方の頭じゃない? お腹が減ってるんでしょ? まさか私にたかるのが目的?」 「そうか。人間は空腹になるのか。ごはんのある所を知ってる?」  もうこんなコントを続けるのに彼女は疲れてしまった。「しょうがない」と呟いて彼女はまた歩き始めた。 「ごはんだけだからね」  簡単に逃がしてくれないと彼女は思って進むと、彼は嬉しそうに続いた。  彼女の道案内で到着したのは街に有る食堂だった。あまり綺麗ではなくて、女の子が訪れるところではないが、彼女は慣れた様子で引き戸を開ける。 「いらっしゃ、おかえり」  店主らしい人が一瞬間違えて言葉を正した。  彼がどこにでもありそうな食堂を楽しそうに眺め「ここは?」と聞くので彼女は「私の家」と返していた。 「その子どうしたんだ?」  急に娘が男を連れ帰ったので父親としては疑問なんだろう。店主が不思議な顔をしている。 「拾った。このわんこに餌でも与えておいて」  すると店主は彼の事を睨む様にじーっと見つめていたが「ワン!」と彼は楽しそうにしている。 「彼氏か?」「そんな訳ない」「別に怒らないぞ」「さっき会ったばっかりだから」  普通とは違って店主は嬉しそうな顔をして言うから彼女はまた面倒な顔をしながらも返事をして、客席の方から離れた。  彼女は家の手伝いをするために学校の荷物を置いて、エプロンを付ける。正直あんな変な人間を連れ込んで後悔しかない。ごはんを食べさしたら追い返そうと思って店の方に戻った。 「美味しいですね。お父さん!」  なんだか彼はもう店主と仲良くなってる。それを見て彼女は呆れていた。 「なんだ、彼は隅の部屋に入居する人じゃないか。道案内したんならそう言えよ」  彼女にはてなマークが浮かんだ。確かに彼女の家は食堂だけでなくこの近くの高校と大学に通う生徒のための下宿もしている。そして一部屋空いていた。 「ちょっと待って、そんな話聞いてない。お父さんだってあの部屋が空いて困ってたじゃない。まさか、さっきの今で住まわすことにしたの?」  彼女は良く家の手伝いをしているから、入居が有るのなら当然知ってる筈。それでもとんと記憶にはなかった。 「先月契約してくれた人だよ。忘れたのか? まあちょっとぼーっとしてるからな」  全く訳わからない方向に話が進んでいる。その間に彼は店の人気メニューの豚生姜焼き定食を平らげていた。 「そう言うことで部屋の案内もしてあげなさい」  ニッコリとしている彼の腕を引いて彼女は食堂から下宿スペースの方へ向かった。
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