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その日は朝から、松原茜はイライラしていた。履きなれたパンプスの履き口に足の小指を引っかけ、バランスを崩してケンケンパで扉に頭をぶつけてしまうほどに。
原因は明らかだった。いつもなら何もしなくても向こうから連絡してくるような奴から、ここ一ヶ月ほどパッタリと音沙汰が無い。
「かと言って、用も無いのにメールするわけにもいかないし……」
誰に言うともなく呟きながら、お弁当と水筒の入った少し重めのショルダーバッグを肩にかけ、下駄箱上の自宅の鍵を無造作に掴む。そして家の奥に向かって「行ってきまぁす」と声をかけると、勢いよく玄関の扉を押し開けた。
始まりは、ほんの些細な発見だった。
玄関扉を開けた茜が、ガレージへ向かおうと足を一歩踏み出したその時、脳天に固くて小さな物がぶつかる痛みを感じた。それは一旦床をバウンドして、コロンコロンと足元に転がる。
「これって……どんぐり?」
拾い上げるとそれは小さくて茶色い楕円形をした木の実で、どんぐりの形状としてはオーソドックスなベレー帽のごとき殻斗も付いていた。だが、松原家の庭にはこのようなどんぐりの成る木はなく、それは周辺近所の家々も同じだ。
空を見上げると、随分高さを感じるひつじ雲が、ゆっくりと風に乗って流れている。
(鳥が咥えてたのかな? ま、いっか)
子供の頃、親と一緒に神社の境内でどんぐりを拾った記憶を思い出し、思わずほくそ笑む。さっきまでの苛つきが嘘のように心が穏やかになり、茜はそのどんぐりをお守りのようにカーディガンのポケットへ忍ばせた。
その日はいつもよりフットワークが軽くなったようで、閑古鳥が鳴いていた小咲不動産にもそれなりに客が訪れ、茜はテキパキと仕事をこなした。
帰宅後に自室でカーディガンを脱ぐと、今朝拾ったどんぐりが飛び出して床を転がる。
(もしかしたら、このどんぐりはラッキーアイテム?)
そう思い、机上のアクセサリー置きの小皿へどんぐりをそっと置いた。
そんないい気分で過ごせた日の翌朝、出勤しようと茜が車の扉を開けると、昨日拾ったものと同じどんぐりが運転席の上に落ちていた。車の窓は全て閉め切っていたし、昨日のどんぐりは昨夜小皿に置いたままなので、その存在は非常に不可解だった。
部屋まで戻り小皿の上を再度確認しても良かったが、その時は「まぁ、ラッキーアイテムだし」ということで、ショルダーバッグの内ポケットにそれを忍ばせ、小咲不動産へと急いだ。
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