アレガ落チテクル

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 その日は昨日以上に客が訪れ、茜は通常のカウンター業務だけではなく、内見にまで同行することになった。  何件目かの物件に足を踏み入れた時、まだ見ぬ部屋の床を硬い何かがコロコロと転がる音がした。家具も何も置いていないがらんどうの部屋だ。客より先にそそくさと奥へ進むと、そこにはまた同じ種類のどんぐりが落ちていた。誰も住んでいない窓も締め切った部屋に、それはいかにも異質だ。  客が気づく前にいち早くどんぐりを拾うと、再びショルダーバッグにそれを入れる。今朝車の中で拾ったものと合流し、どんぐりは二つになった。  その日は若干の違和感を抱えつつも帰宅したが、その後このような現象は連日して起こった。ある時は小咲不動産の自動ドアの前に落ち、またある時は店の駐車場で、内見先の物件や立ち寄ったドラッグストアの店内にも、同じどんぐりは落ちてきた。  全く出処のわからないどんぐりが、茜の行く先々で落ちている。最初は何となく集めて部屋に置いていたどんぐりだったが、途中からは気味が悪くて拾うのも躊躇われた。  そしてついに部屋のどんぐりを全て処分しようと小皿を覗くと、そのうちのいくつかは弾けたような皮の残骸だけを残して、中身が無くなっていた。 (何これ……中身どこ行ったの?)  嫌な予感がし、茜は残された皮と共に残りのどんぐりを全て部屋のゴミ箱へ捨てたが、時すでに遅しであった。 * * *  松原忌一(きいち)のところに連絡が来たのは、茜がどんぐりをゴミ箱に捨てたその夜だった。 「あのね、驚かないで聞いてくれる?」  茜の声は極めて真剣だった。久々に聞いた四歳下の従妹(いとこ)の声にテンションが上がらないわけではなかったが、その時の忌一は夜間警備のバイト中で、しかもその後に続く言葉が「最近どんぐりが落ちてくるの」だったので、「そうか。その話はまた今度ゆっくりな」と言って早々に通話を切り上げた。  そして何事も無かったように足元を懐中電灯で照らし、暗いビルの廊下を再び歩き始める。  警備服の左胸のポケットがもぞもぞと動き出し、そこからしわがれた声が「良かったのか?」と訊ねた。忌一の第一の式神(しきがみ)桜爺(おうじい)である。 「だって一応仕事中だし」 「それにしても少し冷た過ぎるのではないか? 以前は用も無いのにしょっちゅう連絡しておった割には」  暗い廊下に桜爺の「フォッフォッフォ」という笑い声がこだまする。確かに一ヶ月前の忌一であれば、事あるごとににスマホを弄っては他愛のない内容をメールしていたので、もう少し詳しく茜の話を聞いてあげていたかもしれない。  だが今は、それが出来ない理由がある。忌一は現在、茜との接触を故意に避けていた。
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