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「光子さん、本当に大丈夫かしら?」
かつて光子に小さな子供がいた頃にママ友と呼ばれていた主婦たちは、光子が息子を病気で喪っても二十年間ずっと友情関係を保っていた。
隣りの芝生の青さのグラデーションの細かい差異にまで目くじら立てたり、他人の不幸の蜜の味を三時のティータイムに味わうのが好物だった自称中流階級の有閑マダムたちも、決して嘘を吐かず、人の悪口も言わない、誰にでも優しい、いつも笑顔で悩みを聞いてくれる光子のことが憎めず大好きだった。
過去形/現在進行形含む友人たちは、光子が五十五歳の誕生日を前にして晴天の霹靂で伴侶と愛犬を同時に見送らなきゃいけなくなった事故の凄惨さには、心臓まで嘔吐しそうな苦さしか感じなかった。
「光子さん......光子さん?」
長年の親友でもある隣人は、あれから塞ぎがちな光子に声を掛けることから朝の一日が始まる。
「どちら様でしょうか?」
「私よ房代よ。えっ......私の顔が分からないの?」
瞳から輝きを失い別次元を透視しているような光子の異常さに気がついた房代は慌てて診察を勧めた。
診断結果は若年性アルツハイマーだった。
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