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あの日、未だ昼前なのに空が赤く感じられた。轟々たる音を色で表現したような火球が二つ競り合いながら空を駆けていた。
光子は、その流れ星に願いを込めて祈った。
「また息子や夫やマメちゃんと一緒に暮らせますように」
その叶わぬ夢は、光子に先の生への願望が無いという悲しい事実だった。
流れ星たちは急に進む方角を変えてこちらに向かっているようだった。光子は迫り来る星の輝きに照らされながら、亡き家族と愛犬の待つ涅槃に想いを馳せた。
光子は激しい衝撃で五体が砕け裂け断され潰され弾け飛ぶ未来を予見しながら破滅に身を任せた。
その時、後追いの流れ星から巨大に広げた赤い掌が伸びて来るのを見た最後に光子の生涯は終わった。
あれから一週間が過ぎた。
「目覚めよ。汝、眠るなかれ」
光子の止まった心臓の内側から声が響く。
「目覚めよ。汝、眠るなかれ」
その響きは光子の小さな亡骸の全身に行き渡る、血流や神経伝達とは異なる新たなる脈動を促した。今までの五十五年間、優しい小川のようなせせらぎだった光子のリンパ菅に、アマゾン河ナイル河ミシシッピー河を合わせ更に氾濫させたような超濁流が巡った。
光子は悲鳴を上げたと同時に暗闇から抜け、周囲の空気を振動させながら、台風一過の太陽の光を独り占めして全身に浴びながら仁王立ちしていた。
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