境界線

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 あの頃、二人きりの家でのそこかしこで、私は兄に抱かれた。  はじめに誘ったのは兄だった。  だからといって、被害者ぶるつもりはない。確かに私も望んだ行為だった。  その時だけ、私は兄を名前で読んだ。  今はもう、その名前を口にすることはない。兄は兄だ。それ以上でもそれ以下でもない。あってはならない。  兄は待ち合わせ場所に、私の最寄り駅を指定してきた。多分、電車で二駅先にあるロシア料理屋に行くのだろう。  私はウォッカが好きだ。兄と二人で暮らしていた頃は、様々なフレーバーのウォッカを部屋の窓辺に並べていた。  ウォッカで理性を失っては、兄にしなだれかかり、セックスに転がり込んでいた日々。  だからもう私はウォッカを飲まない。ロシア料理店でウォッカベースのカクテルを飲むことさえしないだろう。  ひとり暮らしの狭い部屋には、窓辺に飾り棚がそもそもない。  寂しいなどとは思わない。  ただ、色取りどりの酒瓶が並んでいたあの部屋を思い出してしまうと、身体は疼く。  私の身体は、まだ兄を忘れていない。  深く息をつき、私は服を着替えようと部屋の隅にある段ボール箱のそばに立つ。  引っ越してきたときのまま、ダンボールには畳んだ衣類が詰め込まれている。  さあ、なにを着ようか。  兄に買ってもらった白いシャツがいいだろうか。それとも兄が似合うと言っていた、臙脂色のブラウス? どちらにしても、合わせるのはこの前買ってまだ一度も来ていない、黒のタイトスカートがいいだろう。  そこまで考えて、不安になる。  世間一般の妹は、たかが兄との食事のために、こんなに衣類について考えをめぐらしたりするのだろうか。  多分、しない。  私は、自分が怖くなる。  私はまだ、兄に異性として魅力的だと思われたいのだろうか。それは、セックスの対象として。  もうそれ以上なにも考えたくなくて、段ボール箱の一番上においてあった、青い薄手のニットワンピースに着替える。  化粧も、機械的に手を動かし、いつも学校に行くときと同じ、無難なメイクを仕上げる。  兄はこれでも、私を美しいと言うだろう。恋人を見るような目で妹を見つめながら。  普段遣いの鞄を肩から提げ、私は家を出る。  最寄りの駅までは、歩いて10分。兄は私より先にもう駅についていて、歩いてくる私をじっと慈しむように眺めるだろう。    
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