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窓に座る男は、自らを泥棒と名乗った。
夜。部屋には女が一人。
だが、婚約者がもうすぐ家に来る。
「 ウチに盗むようなものはないわ。金持ちの婚約者でも攫おうっての?」
女が聞くと、泥棒は笑った。
「いいえ。今夜の標的は貴方」
男の手が女の横に伸びる。
「……が魂を引き裂いた、この子」
ずるり。
現れたのは、職場の同僚だった。
風貌も冴えないその同僚は、気弱で目立たない人間だった。仕事もそこそこ。面白味もない。
私が必死で頑張って仕事してるのは、ああいう使えない奴らを生かす為じゃない。
同僚は、私の為にもっと苦労すべきなのだ。
「……だから、職場で八つ当たりにいびり倒してるんですよね」
「はぁ? 人聞きの悪いこと言わないで。ミスしたら叱って当然じゃない、なのに申し訳なさそうでもないし、頑張るでもない……悪いのはそいつよ!」
女の訴えを聞き流しつつ、男は足元に手を伸ばす。
「あとこの子も」
次に男が引きずり出したのは、小学校のクラスメイトだった。
もう名前も覚えていない。
嫌いだった。
何ができるでもなく、努力するでもなく、ただ天性の愛嬌だけで好かれている馬鹿。
先生や同級生達から、よく彼女の世話役を押し付けられた。
家では、不仲な両親の間で必死で立ち回らないといけなかった。トロくて馬鹿な奴の世話など、してる場合じゃなかったのに。
「……だから徹底的にいじめて、不登校にしたんですよね」
「そんなことしてない‼︎ 私、知らない‼︎」
女は、大声が抑えられなくなっていた。警察を呼ぶ、という発想すら何処かへ飛んでいた。
「おやおや。貴方の心の平和を保つ為だけに散々いたぶって、魂の一部を貪っておきながら、覚えてもいないのですか。薄情ですねぇ」
男が二人を窓の外に連れ出す。二人は宙に浮いた。
「僕は泥棒。
人の身勝手で踏み躙られ、引き裂かれ、奪われ、心の糧にされた魂を攫う、泥棒です。
……貴方、まだ幾つか奪った魂でご自分を守ってるので」
男は窓で振り向き、にっこり笑って飛び降りた。
「またお会いするかもしれませんね」
「今の男は誰だい?」
婚約者だった。
「知らない! 泥棒、泥棒よ! なんで⁈ どうして私がこんなことに……!」
婚約者は眉を顰めた。普段の優秀で美しい女が、見る影もないほど取り乱し泣いている。
婚約者が訳もわからず警察に電話をしている間、女は自分がいかに毎日苦労し努力したかを訴え続けた。
☆☆☆
笑顔を取り戻した同僚。
外へ踏み出した、かつての少女。
男は足速に去った。報酬はすでに貰っている。もう関わる理由はない。
スマホが鳴る。新たな依頼だ。
「盗って盗られてコッチは大儲け。最高ですねぇ」
手短に返事を打ち込み、男は依頼先へと急いだ。
〈了〉
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