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「やっぱりやめておきます。今日気づいた時点でそれとなく尋ねるならまだしも、日を改めて"そう言えば"と切り出すにはあまりに些細すぎて、逆に不審がられる可能性がありますし。……はあ、俺のミスですね」
せめて鏡を使う用事があれば自然と尋ねられたのだろうが、たかが花瓶の水を交換するだけの男が突然「鏡に目隠ししてるんですか?」なんて訊いたら、疑問に思うだろう。
なんならちょっと、怖いくらいだ。
「せっかくいい感じに友好関係を深めているのに、下手な博打はうてません」
電車が止まる。
降りる人と乗る人の喧騒を背景に、充希は「巧人は慎重だな」と肩を竦めた。
「その慎重さは巧人の美徳でもあるし、弱みでもある。実に人間的で愛らしい」
「……遠回しに馬鹿にしてます?」
「とんでもない。羨ましいって意味さ」
「……俺は充希さんの大胆さが、少しだけ羨ましいですよ」
呟くように白状した俺に、充希は驚いたように目を丸めてから、
「そうか。ますます僕と巧人は、出逢うべくして出逢った"運命"のようだな」
極上の笑みを向けてくる充希に、俺は「勘弁してください」と自身の失態を呪った。
***
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