もう一人の"家族"

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「昨日、大家の鐘盛さんがウチの事務所を訪ねてこられました。酷く心配していて……栃内さんがこれからどうするのか、きちんと把握してからじゃないと、私物の撤去は出来ないと」  言葉を変えたのは、栃内から情報を引き出しやすくするためだ。  それと、"詳しい話を聞いている"と明示するため。  案の定、栃内は苦笑を浮かべて「……それは困りました」と再び花を弄り始めた。  白い指先に合わせて、小さな花弁が揺れる。 「……どこか、他に行く宛があるんですか?」 「……あるといったら、あります」 「それは、何処に」 「詳しくは、わかりません。……だから、ここを出たら行ってみたいんです」  華のような笑みを浮かべて、栃内が振り向く。  どこか弾んだ調子の声には、未来への溢れる期待。初めてここで会った時の、あの悲嘆にくれた面影など微塵もない。  これなら。俺は安堵に似た心地を覚える。 ("自殺未遂"の線も、消えたか)  ここ数年で、"VC"による自殺は非常に難しく、失敗すれば無駄に苦しむだけだという"経験談"が浸透してきた。
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