哀しき復讐と未練

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「キミのその理論を拝借するのなら、今の僕はまさにキミと同じだ。愛する者を傷つけられ、実に深い不愉快と怒りを覚えている。分かりやすくいこう。キミのとっての彼が、巧人なのだよ。そう、今まさにキミに乗る彼だ。確かにこの世で今、一番キミの心情と近しい感情を抱えているのは、僕かもしれない。が、僕とキミは、違う。僕にはキミの行動において、理解出来ない部分が多すぎるのだよ」  例えば、だ。ゆっくりと歩を進めて来た充希が、青年の落としたナイフを踏みつけた。  俯く表情の先で、黒い靴底がざり、と鈍い音を立てる。 「僕は確実に相手を仕留めたい場合に、不慣れな武器を選ばない。失敗要因を増やすだけで、結果には結び付きにくいからね。……こんな紛い物なんかが、彼らの"牙"の代替えになるとも思えない。僕ならば――そうだな」  充希の顔が青年に向いた。面白い遊びを思いついた幼子のような笑みだ。  俺達との距離を詰め、眼前で歩を止めた充希は、青年の視線に合わせるようにしてしゃがみ込んだ。 「教えてくれないか。彼への愛の証明として"悪"を討ち取ろうというのなら、なぜ、一番の"悪"を狙わない?」
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