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最後の逢瀬
栃内に鐘盛との対面を提案すべきか、それともこのまま黙って見送るべきか。
思考から切り捨てるには踏ん切りつかないまま、俺はその後も充希と共に栃内の病室へ通っては、事務所に戻る日々を続けていた。
彼女は驚くほど穏やかだった。
退院の日が近づくにつれ、緊張や不安を高めていくのではと推測してのだが……取り越し苦労だったらしい。
「いよいよ明日、退院ですね。二週間、本当にお疲れ様でした」
「やっと自由になれるな。僕としては、寂しくもあるが」
栃内が白い病院着以外の服を身にまとっているのは、この院に入ってから今日が初めてだ。
"吸血"された時とも違う、淡い桜色のワンピースを着た栃内が「ありがとうございます」と笑む。
訊けば院内にあるショップで購入したらしい。
窓際に咲く、もう間もなく枯れてしまうであろうバーベナによく似た色のリップも、初めてみる。
確かにこのまま出立するというのだから、必要なモノもあるだろう。退院後に向けた準備も、着々と進んでいるようだ。
それに。
(……首、完全に治ったのか)
栃内の首筋にいつものガーゼはなく、心配していた跡なども見当たらない。
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