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「――紗雪!」
怒鳴り声に近い叫びと共に、前方を捉えていたはずの視界が、父の肩に埋められた。
悲痛交じりのうめき声。重なるようにして、「……あれ?」と若い男の声がした。
「んだよオッサン、邪魔なんだけど」
興ざめだと告げる声と、徐々に荒くなる父の息。母の悲鳴。
最悪の事態が過って、私は父を見上げようと身体を捩ろうとした。が、父の大きな掌が、私の後頭部を抑え込んだ。
噛み殺し切れない苦悶を喉奥から漏らしながら、父が私を抱きしめて膝を折る。
「っ、おとうさん……!」
やっとのことで発した声。が、
「――紗雪っ」
母が呼ぶ。途端、背にもう一つの重みを感じた。
悲痛に引きつる声。よく知った母の腕が、がくがくと震えだした父の腕を抑えつける。
「……チッ、今度はババアかよ最悪。もういいや」
そんな声がして、一人の気配が去った。
「っ、おとうさん! おかあさん!」
なにが、どうして、助けなきゃ。
混乱に叫びながら父の腕から抜けだそうとするも、力は緩まず、なかなか抜け出せない。
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