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だけど鐘盛さんは一度も、"会いたい"って、"帰ってきてほしい"って言わなかった。
結局、私は最後までその優しさに甘えてしまった。
充希さんの告白を、野際さんは知らないようだった。
彼は日々、まるで線を描いて導くように、"生"への道を促してくれる。
その温かな懸命さが、とてつもなく心地よくて、愛おしくって、苦しかった。
「私も、怒られちゃいますね。意地悪なのは、私も一緒ですから」
野際さんがバーベナの水を変えてくれるたび、充希さんは小さな紙を枕下に忍ばせた。
『急ぐ必要はない。楽しめるのなら、いつまでも』
『必要になったら呼んでくれ。連絡先を書いておこう』
本心を、秘密裏の文通を。告げる機会はいくらでもあったのに、ずっと隠していたのは私も同じだ。
そうして今日まで、彼を騙し、裏切り続けていた。
「本当は、もっと早く決断するつもりだったんです。けど、"また"が楽しみになってしまって」
「……ここを出てからも、いや、出てからの方が、好きに会えるだろう? なぜ決断を変えない」
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