バーベナの告白

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 充希さんが側にいてくれるのなら、きっと野際さんも、大丈夫。  どんなに迷っても、最期は必ず、幸せを掴める。 「本当に、本当にありがとうございました。野際さんにも、『せっかく助けて頂いたのに、ごめんなさい。楽しい時間をありがとうございました。どうかいつまでもお元気で』と伝えてもらますか」 「ああ、伝えよう。必ず」  充希さんが深く頷いてくれたのを確認して、私は聖母の名が付けられた"毒りんご"を口にした。  甘い。反射的に感じながら、目を閉じて両手を胸の前で静かに組む。  ごめんなさい、鐘盛さん。  ごめんなさい、野際さん。  でもお二人のおかげで、私は幸せだったんです。幸せなまま、死ねるんです。  私にとってこの『死』は、幸せそのものなんです。 (……鐘盛さんも、充希さんも、野際さんも。これから絶対に幸せであれますように)  思考がまどろんでくる。干したての布団にくるまった時の、誘わるような穏やかな眠気に似ている。  心地いい。私は導かれるまま力を抜いて、眠気に身を任せた。  瞼裏に巡る、懐かしい、父と母の姿。  帰りたくてたまらなかった、あの、"特別"になってしまった、何気ない毎日。 (……父さん、母さん、いま、いく……ね――)  落ち行く思考が白に包まれる刹那、焦がれ続けた懐かしい声が聞こえた気がした。
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