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エピローグ
隣に眠る恋人を起こさぬよう、レオナール・ブランはそっとベッドから抜け出した。
棚に並べられた小さな人形のデュガスとライオンに、心の中で朝の挨拶を唱える。
カーテンの隙間からちらりと覗いたニューヨークの街は、朝から細かな雪が降っている。窓から見える白く染まった世界に、レオナールは感動のため息を漏らした。
今日は恋人の久しぶりのお休みだ。
夜は煌びやかなイルミネーションが施された、ロックフェラーセンターの大きなツリーを観に行く予定になっている。外は少し寒そうだけれど、手をつないでいれば、きっと気にならないに違いない。
それまで何をして過ごそうか。
頭の中で予定を考えながら、キッチンで朝食の用意をする。熱いのが苦手な恋人には、少しぬるめのカフェ・オレを。それから焼きたてのパンと、ほろ苦い甘さのママレードジャムを。
彼の好きなアニメーションや映画をのんびりと観るのもいいし、二人でお菓子を作るのも楽しそうだ。
けれど、なかなか片付きそうもない部屋を、少しは整理した方がいいかもしれない。彼は片付けがとても苦手だから、嫌がりそうだけれど、それでも二人でやればきっと少しは楽しい。それに文句を言うキュートな顔も見られるだろう。
寝室に戻り、まだ眠っている恋人の顔を見た。毛布にくるまって眠る彼は、普段よりも幾分かあどけない。寝顔を好きなだけ眺められる幸せをレオナールは噛みしめる。
恋人だけの特権を堪能しながら、けれどそろそろその瞳を開けてほしい、とも思う。随分と我儘なことかもしれない。
はじめは、瞳が美しい人だと思った。力強くて、澄んでいて、まるで気高いデュガスのようだと思った。
そうしたら、心まで美しい人だった。ぶっきらぼうで、素っ気なく見えて、けれど繊細な優しさを持っていた。
彼の瞳を見た瞬間、世界が変わった気がした。すぐに好きになって、毎日顔をあわせる度に、どんどん好きになった。
彼の隣にいるだけで、まるであたたかな陽だまりの中にいるような幸せを感じられる。
美しい瞳の、朝に弱いこのデュガスのような恋人は、今日は一体どんな顔を見せてくれるのだろう。
不機嫌そうにしかめられた顔も。
まなじりを吊り上げて怒る顔も。
仕方がないなと呆れたように笑う顔も。
レオナールにとっては、どんな彼も全て最高に魅力的で美しい宝石のように映る。
あたたかな、陽だまりのようなこの場所で。
今日もレオナールは軽やかに、歌うように、愛を告げるのだ。
「ねぇ、朝だよルイス。……起きないと、キスするよ?」
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