<プロポーズ>

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お昼過ぎに到着すると言う事で朝からバタバタしている。 ちらし寿司のための酢飯作りに団扇をパタパタと仰ぎお母さんが手際よくご飯を切っていく。 「そう言えば父さんは?」 「散歩に行っちゃった。多分誰よりも緊張しているんだと思うわ」 お母さんと二人で声を出して笑ってしまった。 「そう言えば、お酒を買い忘れたんだど買ってきてちょうだい」 「わかった」と言って財布を手に家を出る。 いつもなら一駅隣のスーパーで買っていたけど、こんな時期なら安心して買い物ができそうだから比較的近くにある坂口マートに向かった。 お酒と言っても竜基さんが専門だから、軽くビールくらいでいいよね。 思えば、あれからこの坂口マートに買い物に来ることは無かった。 お母さんには何も話していないけど私が坂口マートに行かないことに関して何かを言うことはなかった。 長期の休みでもないこの時期だから気が緩んでしまった。 元は酒屋で彼の父親の代に食品やちょっとした雑貨を扱うスーパーになった。 大抵のものはここで揃う為、便利だし私もあの時まではよく買い物に来ていた。 「ブスが何しても無駄だよ」 あまりにも無防備なところに放たれた悪意に、それも密やかに思いを寄せていたクラスの人気者の坂口君に言われたことで心が萎縮してしまった。 だから、高校は少し離れた女子高に行った。 店の前で特売品の品出しをしている男性が振り向いた時、一瞬時間が止まったかのように二人とも動けなかった。 怖い 何もしていないのに放たれたひどい言葉。 それが発端となって標的にされた。 思わず回れ右をして走り出した背後から「松下」という言葉が投げかけられた。 記憶の声は少し高めだったが今は落ち着いた声になっていた。 怖い 怖い 竜基さんがいない今はこの恐怖に立ち向かえない。 魔法が欲しい そんな風に切実に思っていると腕を掴まれた。 「松下だよな」 教室で嘲笑する声が聞こえてくる。 すべてはこの男の一言から始まった。 掴まれた腕を無茶苦茶に振り回して振り解こうとするがうまくいかない。 「離して!」 思わず大声を出してしまったことでようやく掴んでいる手が緩んだ。 その隙に逃げようとした時 背後から「あの時はゴメン」と声が聞こえたと同時に「亜由美」と、今1番会いたい人の声が聞こえた。
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