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あきす。
『なんだか、とっても嫌な予感がするので言うんですけども、お姉様』
電話の向こうで、妹の千冬がやけに改まった口調で言った。
『ちゃんと毎日、部屋のお掃除はしているんでございましょうね?』
「なんで敬語なの」
『そんくらいびびってんの!あのさ、来月あたしがそっちに行くんだからね、その約束忘れてないよね!?』
突然上がった声量に、私は思わずスマホを耳から離した。こっちは外だと言っているのに、すっかり忘れてやしないだろうか。あまりにも声が大きくて、隣のベンチに座っていた人が驚いたようにこちらを見た。私は耳をキンキンさせながら“千冬、声がでかい”と非難した。
ちなみにここは、駅前広場のベンチである。改札を出たところで、彼女からの着信に気づいて取ったという次第だった。幸い、春先の今は外もぽかぽかと暖かい。暑すぎず寒すぎず、屋外でのんびり過ごしても爽やかに過ごせる絶好の散歩日和だった。
「毎日掃除なんてする必要ないじゃん。掃除機なんか、一週間に一度かければ充分でしょ。つか、面倒くさいし。大事なお客様が来るならともかく、気心知れた妹がアパートに遊びに来るだけっつーのになんでそんな丁寧な掃除せにゃならんのよ」
双子の妹の千冬とは、幼い頃から仲良しだという自覚がある。ちなみに、私の名前は千夏。名前が綺麗に正反対になっている通り、私達は性格も真逆なのだった。彼女は名前の通り冬が好きで、私は夏が好き。真面目で几帳面な彼女に対して、私は大雑把でマイペースだ。人間、あまりにも自分に似ていると同族嫌悪で面倒くさくなるイキモノである。顔はそっくりだけど性格は全然違う、好きなものも全然違う。それくらいの方が、うまくやれることも多いのである。
無論、好きなものが違うからといって、嫌いなものが同じというわけではない。お互いの趣味を定期的に紹介して新しい発見を得るのは、小さな頃からやっていることだった。今回も、彼女が好きな少女漫画系アニメを紹介してくれるというので、DVDを持って自宅から突撃してくるというわけである。地元で就職した彼女は今でも実家暮らしで、東京で一人暮らしをしている私のところにも時折遊びにきてくれているのだった。
まあ、そのたびに部屋の汚さを指摘されているわけだが。
『そんなことだろうと思った』
千冬はうんざりしたような声で言う。
『そりゃ、姉ちゃんの仕事、夜遅くなることもあるのは知ってるよ?そういう時は、流石に夜中に掃除機かけるのはマナー違反だからできなくてもしょうがないけどさあ。シフトが昼番の時なら普通に掃除できるじゃん。やりなよ。つーか、やれ』
「えー、面倒くさい」
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