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『言いたくないけど、姉ちゃんの住んでるアパートの方がずっとボロいんだからね!?この間遊びに行った時に、ブラックなGを目撃した現実をあたしは忘れてないぞ!!』
「うぐ」
確かに、あの人類最大の敵はまだアパートにいるかもしれない。出勤前にゴキジェットを噴射して部屋を出たことはあったが(ペット禁止のアパートなので、他の部屋に悪影響が出るということもないだろう、多分)果たしてどこまで効果があったものか。
一匹いれば五十匹はいると思え、という至言も聞いたことがある。正直、あんまり想像したくはない。
「……確かに、ゴキがまた出るのは嫌だけど。仕事でへとへとになって帰ってきた後で、細かい掃除する余裕なんか私にはないのよ」
項垂れつつ、私は彼女に告げた。土曜日の午前中ということもあって、今日は人通りも多い。私も久しぶりにショッピングを満喫するべく、ちょっと遠くのこの駅まで足を延ばしたという経緯だった。
マスコットキャラクターのウサギの耳をつけた一家が目の前を通過していく。今から遊園地でも行くつもりなのかもしれない。この駅は大きなショッピングモールと同時に、遊園地があることでも有名だった。
「それにさ、部屋の掃除ってしすぎない方が良いこともあるわけ」
『どういうこと?』
「女の一人暮らしって、いろいろ危ないからさ。空き巣とかに狙われないように、一つの対策っていうの?ほら、綺麗に整理整頓された部屋と、ぐっちゃぐちゃに散らかった部屋だと散らかった部屋の方が狙われにくいってテレビでやってたんだから!」
これは本当のことである。綺麗に整頓された部屋は、一見して貴重品がすぐどこにあるかわかるから狙われやすい。対して、ぐちゃぐちゃの部屋は仮に部屋に侵入されることがあったとしても、そう簡単にお金や貴金属の類を盗まれないというのである。理由は、何がどこにあるか泥棒にもわからないから。
つまり、汚い部屋、というのはそれだけで空き巣のやる気を削ぐ。防犯対策として一つありだ、と主張したいわけなのである。
『……仮にそれが本当だったとしても、姉ちゃんの場合は単にお掃除したくないだけでしょ』
が、妹はにべもない。
『とにかく、あたしが来月行くまでに最低限足の踏み場はあるようにしておいてよね!脱ぎ散らかした衣服と一緒に、黒いあの虫とご対面するのはもう絶対勘弁なんだからね!』
「えー」
『えー、じゃない!いいね、わかった!?』
「……ふぁい」
ぷつり、と通話は切られた。私は深々とため息をつく。相変わらず、無駄に真面目な妹である。
――仕方ない。あいつが家に来る前日には、ちゃんと掃除機をかけるかー。
なお、床にちらばっているものの多くは、押し入れとベッドの下に投げ込んでおけばいいや、と考えていた。見えなければいいのだ、見えなければ。開けた途端に土砂崩れを起こすかもしれないけれど。
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