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身勝手な間借り人 第二話
侵入者の顔や身体つきよりも、最初にオレンジ色の派手なTシャツが目に付いた。玄関の横はすぐに台所になっているのだが、そこには長身で茶髪の若者がエプロン姿でフライパンを握りながら、陽気に鼻唄を歌いながら卵料理を作っていた。私は事実をありのままに書いている。これは本当にその通りに起こったことなのだ。
「誰だ! おまえは!」
この時の私の驚きようは、これまでの人生で最大級のものであり、うまく説明するのが難しいほどである。私は赤の他人が自宅に入り込んで楽しそうに料理を作っているという状態に脳みそがついていかず、思わずそんな金切り声を上げてしまった。相手の若者も私の姿を見て十分に驚いていた。彼は口をポカンと開いたままで、しばらくの間、料理をする手を休めて、こちらの様子を見ていた。まるで、いたずらをした後で、悪事がばれてしまった子供のような表情であった。私は一度家の外に出て表札を確認した。きちんと私の部屋番号が書かれていた。やはり、ここは私の部屋なのだ。留守を狙ってまんまと盗みに入った賊が、その部屋の住人に見つかってしまい、泡を食って逃げていく画なら容易に想像できるのだが、なぜ、見も知らぬ男性がくつろいで生活しているのだろうか? 私は少々の恐怖心もあったが、再び勢いよく部屋に乗り込んだ。どう考えても、このままにしては置けないからだ。
「あなた、何をしているんですか? ここは私の家ですよ!」
大きな声でそう叫んでみたのだが、相手の男性は少しも逃げ出そうともせず、その余裕が逆に怖いくらいだった。それどころか、『おかしなことを言っているのは、どうやら、そっちの方なのだ』と言わんばかりに少し微笑みながら両手を大きく左右に広げて見せた。
「まあまあ、とにかく一度落ち着いて下さい」
彼はその大仰なポーズのままで、確かにそう言った。輝くほどの笑顔だった。罪悪感など微塵も感じられなかった。
「これが落ち着いていられるか! ここは私の家だぞ! 早く出て行ってくれ! いや、その前に、なんで人の家に勝手に上がり込んで生活しているのか、その事情を説明してくれ! 警察だ、裁判だ、刑事裁判だー!」
私はこの期に及んでは、とりあえず相手を威嚇しなければと思い、なるべく大声で叫んだ。
「いえ、その通り……、まさに、あなたの仰っている通りなのですが、いいですか? ひとまず落ち着いて下さい。これは……、何と説明しましょうか、かなり大きな偶然が引き起こした手違いなんです。さあ、深呼吸をして、落ち着きましょう。そうすれば、光も見えてきますよ」
自分の悪事がばれた直後だというのに、相手の男性はずいぶん落ち着いた表情のままだった。まるで、いつでも、こういう事態が起こり得ることを予測しているかのようだった。彼は作りあげたハムエッグを手際よく皿の上に乗せて、それを持って悠々と奥のリビングルームへと入っていった。もちろん、そこは私の部屋である。朝出かける時と同じような散らかりようだった。床には音楽CDやバルザックやジョイスの読みかけの文庫本が伏せて置いてあった。テーブルの上にある野菜ジュースの空き缶まで、片付けられず、そのままの状態だった。
彼はテーブルの上に今出来上がったばかりの料理を置くと、部屋の一番奥から、かなり慣れた動作で座布団を一枚持ってきて、それを床に敷いて私に勧めた。
「まあ、取り合えず腰を落ち着けて下さい。私にも仕事がありまして、それほど時間はないのですが、これからゆっくり時間をかけて話し合いましょう。ほら、そうしようではありませんか」
どれもこれもが私の私物なのに、この男に好きなように使われてしまっているのが、半ば恥ずかしくて、そして、もどかしくて仕方なかった。まるで、女房を寝取られた亭主のような気分だった。
「あなたは泥棒なんですか? いったい、どういうつもりで、こんなことをしているんですか?」
私は怒りと悲しみが入り混じった声で、取り合えずそう尋ねることにした。男はハムエッグを美味そうにほうばりながら、私の気持ちなど、まるで気にしないかのように、その柔らかい笑顔を崩さずに話し出した。
「ええ、ええ、何と言いますか、そうですね、あなたの視点で見てしまえば、それは、そうなるのかもしれません。私は泥棒で、あなたは被害者。しかし、落ち着いて下さい。ここで自暴自棄になってはいけません。事態を早く片付けようとして、混乱しますと、結局はすべてがグッチャグチャになってしまいますよ。これから数分のお時間を頂ければ、私が今起こっていることを、分かりやすく、正確に説明して差し上げます」
「なんと、盗っ人猛々しいとはこのことだな。よし、わかった。説明して貰おうじゃないか」
私は覚悟を決めて座布団の上にドッカリと腰を降ろした。男は一度手に持っていたフォークを皿の上に置いて、ゆったりとした口調で再び話し出した。
「まず最初に申し上げておかねばならないことは、今日起こったことはすべて手違いであり、もっと言えば、あなたの側から起こされてしまったミスなのであります」
「なんだと! 自分の家に泥棒に入られたのに、それが自分のせいだって言うのか? いい加減にしないと警察を呼ぶぞ! いや、こっちとしては、もうすでに呼んでいたっていいくらいのタイミングなんだ!」
「ですから、ひとまず落ち着いて下さい。先ほども申し上げましたが、あなたの視点で言えば、これはもう、自分の住居に勝手に入られてしまったわけですから、警察を呼んで私を訴える立場に、十分にあるわけですが、それだけでは今日起こってしまったことは、うまく解決しないのです。今、両者が鉢合わせしたことによって、地球と火星が正面衝突したような、大変なことが起こっているのは事実ですからね。ですから、私の立場も考えて頂けませんと」
「何がおまえの立場だ! おまえはただの不法侵入者じゃないか! 言いたいことは、それだけなのか?」
「いえ、ですから、もう少し落ち着いて下さい。今、すっかり話してしまいますから。そうすれば、あなたの方も、『なんだ、そういうことだったのか』と、納得して頂けることもあると思います。何しろ、あなたはこういう職業があることを、まるでご存知ないようだ。まず最初に申し上げますが、私はあなたの住居を間借りさせて頂いている者です。そうですね、我々の業界では、これを朝借りと呼んでいますがね」
男を時に真剣に、時々にこやかな笑顔を浮かべながら、私を論説で上手く誘導して巧妙に騙そうとでもするかのように、説明的な口調で話し続けた。だが、私はこの時点では、この男の口車に乗るつもりなどさらさらなかったし、男の言うことに少しでも不信感があれば、すぐにでも警察を呼ぶつもりでいた。
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