記憶怪盗と結婚詐欺師

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ふたりは精神世界(インナースペース)を移動し、今度は依頼人の精神(こころ)に繋がるドアの前に立つ。 「失礼いたします」 コンコンとドアを叩くと、内側からドアが開いた。 「ご依頼の完了報告に参りました」 「中へどうぞ」 三人は共に精神の深部めがけて跳ぶ。 記憶怪盗は記憶入りのカプセルを依頼人に差し出した。 「こちらの記憶ですが、どういたしますか?」 「手元に残すのもアレだから捨てちゃってよ」 「そんな簡単に捨てちゃっていいの?あの女の人のこと、本当に好きだったんじゃないの?」 優花の言葉に青年は小さく笑う。 「……我ながらイタいよな。初めて心を許した相手が警察官だったとかさ。要するに俺は演技対決に負けたってワケ」 「彼女のことを恨んでいますか?」 記憶怪盗の問いに対して、彼は首を横に振った。 「彼女は仕事を全うしただけ。だから俺と過ごした時間なんて忘れてもらわなきゃ困るんだ」 「かしこまりました。ではこちらで廃棄処分させていただきます」 「ありがとう」 別れ際、優花は青年に向かって言った。 「ねえ、もう結婚詐欺なんてしちゃダメだよ。あの人と一緒だった時の、柔らかい笑顔のあなたの方が、あたしは素敵だと思う」 「約束する。……いつか釈放される日が来ても、俺は二度と結婚詐欺師には戻らない」 そう答えた青年は、あの日と同じように、静かに微笑んでいた。
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