失恋

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失恋

「あなたが落としたのは金の斧ですか?それとも、銀の斧ですか?」  私が泉の精霊となってから何百、何千年の時が過ぎた。 いつの時代にも嘘をつく人はいる。 失ったものを取り返そうと泣きついてくる人もたくさん見た。 でも、嘘をつかれるのはやっぱり悲しい。 正直でいると利益を得られるとか、嘘をつくと失うものが大きいとか、そういうことではなくて。 嘘はついた方もつく方も傷つけてしまう。 結局、心の問題なのだ。  いつからか、この森は「自殺の名所」と呼ばれるようになった。 人の手がつけられないほどお生い茂った木々。ジメジメとした重い空気が暗い気持ちを引き寄せてしまうのだろう。 この森にも美しいものはあるのに。  一年の中で私が一番好きな季節は、春。 泉の周りに青い花が咲く。木漏れ日の中で健気に生きる姿は愛おしい。 夏はホタルが飛ぶ。ぼうと浮き上がるホタルの光が幻想的で特別な時間を演出してくれる。 秋は落ち葉の絨毯ができる。ふかふかの地面に寝そべるのは気持ちが良さそう。 冬は一面銀世界。時間が止まったみたいに美しくて、嬉しい。  そうして、季節は巡る。真っ暗な闇に思える場所にも光はある。  だから、悲しみを背負わないでほしい。生きることに絶望しないでほしい。自分で探そうとすれば、小さな幸せは見つけられるはずだから。  空に願っていると、キラッと光るものが見えた。 泉の底に落ちてきたそれを見て、私の心はズキッと傷んだ。 失恋してしまったのね。 きっとその人のことが忘れられないんだわ。 その気持ちは、私にもすごくわかる。 でも、これは返さなきゃ。 間違っても自殺なんて考えないで。  精霊が水面に浮き上がる。 はっと息を呑む声が聞こえて、目を向けると、そこには、いるはずのない彼がいた。 半年前、私が別れを告げた人間ーハルだ。 理由は、人間と精霊の恋なんて許されないから。 なんで?どうして? 聞きたいことはたくさんあるのに、涙が溢れて声にならない。 「やっぱり君のことが好きだから」 精霊の涙はただの水。 多分、本物の涙ではないけれど、どうしたって止まらない。  ここに来てくれたことが嬉しい。 好き、と伝えてくれたことが嬉しい。 愛しい人… 「自分の心に嘘はつけないんだよ」 とハルは優しく笑った。 そして、落ちてきた指輪の意味を精霊は悟った。
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