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西暦2182年。
ユフと名付けられた隕石は、突然現れ地球に落下し、その強固な毒で世界を汚染した。その毒は致死毒。触れるだけで汚染され、体内に吸い込めばたちまち生物は死んでしまう恐ろしい毒だ。
僕らの国は毒が入ってこないよう、限られた時間であらゆる対策を検討した。けれども無毒化しようとしても不可能で、その粒子が微細すぎて精緻なフィルターをもくぐり抜け、分離は不可能だった。
このままでは毒は全てに浸透し、全てが死に絶える。幸いにも不幸いにも、この国は生物・医療技術が発達していた。そしてこの国の研究機関ははユフの微粒子を解析し、かろうじて奇跡的なめぐり合わせで弱毒化したユフを培養し、それを国民に投与することにした。つまり、ワクチンだ。
そのため、この国の人間の寿命は50年となった。
ユフが落下してから既に100年が経過した世界。
僕はニコルに出会って、ニコルが大好きになった。ニコルと直接触れ合いたい。諦めたくはない。
だって僕はユフじゃなくて人間なんだから。
僕はニコルと初めて会った時を思い出す。暇つぶしに話し相手を探していた時だ。AIに頼めば、気が合いそうな人間を適当にマッチングしてもらえる。それでVR空間で会うんだ。お茶したりご飯食べたり出かけたり。
ニコルの用意するVRは、地平線だけの妙に簡素なものだった。
「こんにちは。僕はセルジュ。23歳です。絵を描いています」
「あら、あなた腕があるんだ。こんにちは。私はニコル。私も23歳。うーん普段は歌を歌っているかな」
「僕は自分で絵が書きたかったから。ニコルは体は?」
「足があるよ。散歩がしたいから」
「散歩? 散歩ってどこを」
「もちろん外に決まってるじゃん」
ニコルはそう言って、朗らかに微笑んだ。
散歩? 外の世界を?
その時、その頓狂な応答に僕は混乱した。
外の世界が存在することは知っている。けれども外はユフが満ちあふれる死の世界だ。外には生きるものは何もないと聞いている。昔の映像で見る緑の山なんかももう存在しない、はず。
だから僕は生まれてこの方、このコンパートメントを出たことはない。
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