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「ひょっとして、ニコルは外に行ったことがあるの?」
「あるよ? 10回くらいかな」
「どうやって?」
「どうって、外出許可の申請をすれば普通に行けるけど」
外出許可。ニコルは当たり前のようにいうけれど、そんなものがあるなんて思いもしなかった。僕の周りで外に出た人なんていなかったから。
聞けば申請して3ヶ月くらいで許可は下りるらしい。けれども外に出られるのはたった1時間ほど。そして一度外に出た後は、1年ほどは外出許可は出ず、というより1年の間、隔離される。
何故ならユフというのは特殊な毒だからだ。
ユフは当初は単純なウィルス毒で、病気の一種と思われていた。けれども研究の結果、ユフはウィルスというよりは生物であることが判明した。それ自体が急速に自己を改変、進化することがわかった。だから今も変異を続けている。
僕らの国はユフが落下して30年たって、ようやく完全にユフが入れないほどの高密閉な空間の作出に成功した。以降、この国は都市ごとに通称金魚鉢と呼ばれるドーム型の壁で覆われ、その中を無毒化した。そして国民一人一人に万一の避難所を兼ねて更に密閉されたコンパートメントが与えられ、その中で毒が漏れないように暮らしている。
けれども国の外の野放しのユフが今どういう状態にあるのかわからない。金魚鉢の中に微量に滞留するユフを解析する人達はいるけれど、外にある大量のユフの解析は全くなされていないに等しい。お手上げだ。
生のユフがどのような影響を人に及ぼすかわからない。防護服で完全に防護したとしても、ユフは極めて微細だ。万一の安全性を考えて1年程は特別な区画に隔離され、経過観察される。
だから、そんな恐ろしい外に出るというニコルの発言は、狂気としか思えなかった。
けれども外ってどんな所なんだろう。
「ええとね、何もないけれども何でもある。全ての思い出? ごめん、何を言っているのか自分でもよくわかんないや。けれども私にとって外の世界っていうのは何物にも代えがたいの。記録VRとは全然違うんだ」
そのニコルの声は、どこか少しだけ寂しそうだった。
昔の記録VRは人気コンテンツで、僕もよく再生していた。青々と広がる山並みとそこに聳える清影な森林。飛び立つ小さな鳥。清涼な小川のせせらぎにどこまでも広がる大海原。そして満点の星の輝く夜空。既に失われて久しい光景を自由に探検するのはとても不思議でわくわくする。けれども現実はそれとは全く違う?
「どう違うの?」
「うーん、なんて言ったらいいのか本当にわからない。私の目に直接映るのは真実の世界の姿で、私は全てを殺すこのユフを克服して今生きているっていう実感が、ある?」
「やっぱりよくわからないや」
「じゃぁ、一緒に外出しない?」
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