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「次の1年後は僕も一緒に行く」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「本当? 嬉しい。そんなこと言ってくれる人は初めて」
「うん、まあそうかもね。でも、なんていうか、ごめん、本当になんて言っていいかわからないけど、ニコルがいない間、心配で心臓が止まりそうだった。ニコルがいなくなるなんて考えるのが耐えられない。その、ニコルと一緒に、いたいんだ」
僕は驚いた顔のニコルの手を取る。現実には既に存在しない手を。
僕らがVRで会うときは仮装のアバターを使う。だいたいの人は自分の欠損を補充したアバターを使用している。直接会うことなんてないんだから、それで何も問題はない。
「真実の世界の姿」
「セルジュ?」
「僕はニコルがいない間にそれを考えた。ニコルがいない僕の将来の姿。それが僕には耐え難い。だから次の外出は僕も一緒に行く」
「ありがとう。嬉しい」
それから1年と3ヶ月の間。ニコルとは前より頻繁に交信した。というより僕らはVRでお互いの部屋をつなげて、僕の部屋にはニコルのアバターが常駐して、ニコルの部屋には僕のアバターが常駐していた。お互いの食事時を除いて。
食事。
それは僕らにとって特別な意味がある。
僕らの先祖はユフ毒のワクチンを摂取し、最初期のユフの抗体を取得した。けれども不活性化したはずのユフは僕らの体に混ざるうち、僕らの体や遺伝子情報を改変させながら僕らをユフに汚染した。
時間の経過とともにその改変は増大し、自らを汚染したユフ以外のユフが再び毒となるほどその性質を乖離させ、かつてのワクチンもほとんど効かなくなっていた。抗原原罪というものらしい。
この世界の全ては既にユフ毒に汚染されている。改変の結果、汚染された僕らは自らが接種できるものは自らと同じユフ毒に汚染されたものだけになっていた。
昔いたフグという魚が自分の毒で死なないように、僕らは自らのユフでは死なない。つまり僕ら自身が摂取可能なものはただ一つ、自分の体だけになっていた。しかもそれも恒久的ですらなかった。
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