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「複数の人間が同時に外に出るなんて30年ぶりですね。外出可能時間は1時間です。10分前にアラートがなりますから、必ず戻ってきてください。それを超すと帰還は受け入れられません」
そんなAIの音声に従い、何十もの隔離壁をくぐり抜けて僕は初めて外に出た。最後のハッチを開く時、僕は生まれて初めて風というものが吹くのを感じ、そして汚染された砂礫がハッチ内に入らないように都市の内側から強く吹き出される空気の塊に押し出されるように外に出る。
その先にいた分厚い防護服を来たニコルらしき人を見上げた。自分も同じだろうけれど、防護服が分厚すぎてかろうじてそのおおよその形がわかる程度だ。それでもありありとわかる欠損。
ニコルは既に両腕がなく、だから妙にほっそりと縦に長い。僕は既に両足がなく、だから下半身は移動のための車輪がついていて、その脚立を伸ばさない限り僕は小さく四角い。これまで身長差なんて考えたこともなかった。
急いで脚立の高さをニコルの身長に合わせる間にも、強い風は吹き荒れ、世界は灰色にざらついていた。
「すごい……」
「でしょう? 来てよかった?」
「何ていっていいのかわからない」
改めて眺めた僕の目の前には、有り体にいえば、廃墟が広がっていた。
人の大凡が外出しなくなって既に40年近く経っていた。その間に、かつては繁栄を築いた巨大なビル群や通りは色あせ灰色に朽ちて崩れながらも未だ巨大な土塊として僕らの前にそそり立っていた。
真実。
これが今の世界の真実。
たくさんの記録VRは存在する。
けれどもそれはあくまで仮想だ。不都合なものは現れない。
けれども今の現実で風がびゅうびゅう吹いている。そういえばこの時期、北半球は強い季節風というものが吹くんだ。学校で習った国の地理。今どき地理なんて何の役に立つんだろうと思っていたけれど、それが世界の理として目の前にあった。遠くに煙る黒く思い雲は、季節風に従ってあの遠くの山にぶつかってあそこで雨を降らせている。
このビルはコンクリートという素材でできていて、今はその内側の鉄筋に雨水が染み込み、その寒暖差によって膨張収縮を繰り返し、その作用によって直す者がないまま破損し雨ざらしになって。様々なものの手に触れる感触。ざらりとしていたり、つるつるしていたりするもの。それはVRと違って確かに目の前にあり、実際に僕はそれに触れている。
頭の中と世界が次々と繋がっていく不思議な感覚。
これは映像ではなく、ここにあるものだ。
その齎す圧倒的な存在感が、僕にじわりと浸透する。この世界にユフが落ちてくるまで人間がどんなふうに生きて、そしてそれによって現在滅びに向かっている。けれども僕らが死に絶えたとしても、どこまでも世界が広がり存続していくだろうと感じられる瞬間と畏敬の念。
僕は思わず隣りにいたニコルの手をとろうとした。けれどもニコルに手はなかった。
ニコルは今、ここにいる。アバターではなく真実のニコルが。
「セルジュ?」
「僕はここにいて、ニコルもここにいる」
「そうね」
「ニコルが言っていることがわかった。僕は真実を感じてる、んだと思う」
僕は思わずニコルを抱きしめた。
僕の手の中にはその存在が感じられた。アバターと違って温度も柔らかさも防護服で遮られている。けれども今、ニコルは実際にここにいる。真実のニコルが。
けれどもその時間はあっという間に過ぎ去って、時間経過を予告するアラートが鳴る。僕らが真実一緒にいられる時間も範囲も、あまりにも短い。
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