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「明日は結婚式ね」
「そうだね。楽しみで、すごく妙な気分だ」
「ひょっとして、後悔してる?」
「それは絶対にない。けれどもなんだか、この心の中のドキドキって、ものすごく複合的だ。心臓が潰れそうだ。あぁでもそろそろ寝る時間。おやすみニコル、僕のユフ」
「おやすみセルジュ、私のユフ」
そう挨拶して、VRは終了した。
急にストンと、僕は世界と切り離された。窓のない10畳ほどのコンパートメントは僕一人で住むには十分な、僕の好きなものだけが詰まった部屋。十分だけど、一人ぼっちの部屋。
VRでは先程まで、ニコルの柔らかそうな明るい色の髪が揺れていた。明日はきっと、あの髪に本当に触れることができる。
ふわふわと誰もいないベッドに横たわる。
僕は明日、ニコルと結婚する。結婚して、ニコルに会って、きっと抱きしめて、それから。そんな想像は突然打ち切られた。
ーセルジュ。夢をかけますか。
AIが僕に尋ねる。
夢の中でもニコルに会いたい。ニコルを夢で見る。けれどもそのニコルはAIがニコルの記録から作り出して僕の脳に投影するものだ。だから本物のニコルじゃない。偽物はもうたくさんだ。
明日には本当のニコルに会える。会いたい。だから今日は我慢しておこう。そのほうがきっと、多分、より嬉しいに違いないから。
その代わり、壁にニコルの映像を投影する。本当のニコルを。分厚い防護服を来て一緒に外を歩いたニコル。あれは丁度1年前。一緒に外に出た時だ。
僕はどうしてもニコルと一緒にいたかった。離れるのは苦痛だった。片時も。でも外に出るための許可を取るのは大変で、外出後も随分長い間隔離される。
それは、100年前に世界にユフという名の隕石が落ちて、毒が満ちてしまったから。
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