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「人生の最大目標が決まってさ。」
「うん。」
「てかさ、幼稚園でも小学校でも、やたら将来の夢とか聞かれるじゃん?」
「うん。」
「俺、ずーっとそういうの無くて。幼心っつーの?なりに、毎回困ってたんだよ。その度歯医者とかケーキ屋とか学校の先生とか適当なこと言ってやり過ごしてきたけど、みんなよく夢とかあるよなぁって感心してた。すげぇよな。」
「うん。」
「すみれ組で歯医者って言って、ゆり組でケーキ屋なんて言ったもんだから、親に笑われたんだ。朱音は治したり虫歯にしたり忙しいねって。いくら夢カッコカリでも真面目に考えてるから笑われると傷つくよな。まぁ、悪い親では無いんだけど。あれ、俺なんの話してたんだっけ。」
「人生の最大目標がなんとかって。」
「そうそうそれ!初めて、これだ!ってのが決まったんだよ。しっくりきたっつーか。」
「うん。」
「猫。」
ここで初めて蒼人は顔を上げて俺を見た。
「猫?」
「うん。将来的に、猫、飼いたいんだよ。」
「猫。」
「そう。ウチのマンションペット禁止でさ、飼えないんだ。ちっちゃい頃から家に猫がいたらなーってずっと思ってた。だから俺いつか家を出たら猫飼う。それを俺の最大目標にする。」
「ふぅん。」
そう呟いて、蒼人はまた参考書に目を落とした。
「猫を幸せにするためにはしっかりとした財力が必要と思うんだ。て、ことはだよ、いい会社に就職するとか、自分で何かを成すとか、株やるとかなんでもいいんだけどとにかく何をするにも知識っつーか見聞を広げるっつーかが必要だと思うわけ。」
「うん。」
「つまりだ、何が言いたいかって言うと、俺は赤点とって補講なんか受けてる場合じゃ無いんだよ。蒼人聞いてる?どう思う?」
「いいと思う。」
「適当かよ。」
「本当にいいと思ってるよ。だからハイ、手、動かして。」
言われて俺は真っ白なノートにペンを走らせ…るというには遅すぎるスピードで、ペンにとろとろとしたウォーキングをさせる。
再試験は明日だ。
向いに座った蒼人のさらりとしたおでこをチラリと覗き見ながら、『猫の額くらいの…』というのはいったいどのくらいなんだろうというようなことをぼんやりと考えた。
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