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夏の名残りが残る夕方。蝉の鳴き声に力強さはない。
ボタンを一つ開けて、ズボンから出したカッターシャツに生温い風が通る。
『いっしょの高校、行こ?』
三者面談の前。僕らの他は誰もいない教室。向かい合わせにした窓際の席で、藤さんの顔は、夕日みたいに真っ赤だった。
付き合ってはいないけど、僕らは自他共に認める、両想いだった。
『どこの高校受けるん?』
普段は聞こえないくせに、カチカチ時計の秒針がうるさい。蒸し暑さに息ができない。蜃気楼を見てるみたいだ。
藤さんは赤い縁の丸眼鏡を押し上げ、はっきりと言った。
『近見ヶ原高校』
県下一、頭のいい高校の名前。
藤さんは才女だった。
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