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部長は来るのか
――桃瀬彩羽 視点――
最後に「部長おぉぉっ!」と叫んだっきり、私は言葉を発することができないでいた。
というのも、鬼の姿になった真白がジェットコースター並みの勢いで屋根から屋根へと飛んだり跳ねたりするから、口を動かしたら舌を噛み切ってしまいそうだったからだ。
「堪忍な、彩羽」
迷惑なことをしている自覚があるのか、鬼の図太い声で真白は何度も謝ってくる。
本当に困るから今すぐに帰してほしい!とお願いしたいのにできず、鬼真白の雪のように白い胸板をポンスカ殴るしかなかった。
私の髪をまとめていたヘアゴムは風に飛ばされ、肌を掠める風は冷たい。
あっという間に大江山のふもとまで来てしまい、夜空に静かに浮かぶ小望月が私の切迫感を肥大させる。
明日の夜までに帰れなかったらどうしよう。
不安が恐怖に変わり胸が押し潰される。
両目に涙までもが滲んできた時、鬼の姿の真白が私の肩に鼻を押し付け匂いを嗅いできたので、びっくりして涙が引いた。
「うん、彩羽からちゃんと酒吞童子様の匂いしてはる。結婚して毎晩大事にされてるんやなぁ」
部長の匂いがするのはこのコートの持ち主が部長だからであって、決して私から発せられる匂いではない。
鬼たちを欺くために結婚してる設定に一応してたけど、毎晩大事にされてるんやなぁとしみじみ呟かれるのは恥ずかしいというか、事実じゃないから虚しくもある。
反論したい気はあるのだけど、舌を噛んで血がドッパーと出て死ぬのはご免なので後にする。
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