第1話

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

第1話

『こんにちは。中学生の私』  西城夜顔(さいじょうよるがお)は学校の屋上できょとんとした。  母子家庭だったので、持たされた携帯から、母の名前で着信音がした。  お母さんからだと思って、通話ボタンを押すと、知らない女の声がする。  もう一度着信履歴を見ると、母の名前で間違いなかった。 『驚かなくていいよ。中学生の私。私は君の未来の私。西城夜顔(さいじょうよるがお)だ。君は知っている人以外の電話だと警戒して、留守電機能に入れてしまうから、母の名前を使わせてもらった』  と、電話の主は言っているけど、そんなことってある? 『切る前に、今の君の状況を当ててあげようか? 君は山吹中学校にいて、ひと目につかない屋上にいる。服は学生服で、黒縁めがねをかけている。長い昼休みは、図書館で借りた本をそこで読むのが日課だ。長い前髪は右に曲がるくせ毛で、まっすぐになるように、いつもさわってるよね? 内向的で外に出たくないのに、母親が外に出なさいってうるさいから、いつも市立の図書館に逃げ込んでる……』  電話の主の言うことは、いちいち当たっていた。  なんで私のことがわかるの?  そう聞こうとすると、 『未来の私だからわかるんだ。未来の技術はすごく発展しててね。過去の私に電話することなんてわけないのさ』  私の思考を読むかのように言ってくる。  声も聞きおぼえがあるし、未来の私だと言われれば、そうかもしれない。  私は八十パーセントほど、女の人の言うことを信じてしまう。 『実は君に依頼があってね。聞いてくれないか? ――ああ、そうそう。このことは誰にも言っちゃいけないよ?』 *  中学校の廊下はいつもにぎやかだ。  男の子の声がいちいちうるさい。  体に当たってきても、謝りもしないから嫌いだ。  私は携帯を耳に当てたまま、 「あの、聞いていいですか?」 『うん。いいよ』 「未来の私って、どんな感じなんですか?」 『五十五歳になった私のことだね? 独身で、夫も子供もいない。研究者になっててね。好きな研究ばっかりやってるよ。ペットでも飼おうかと思ったんだけどね。研究に没頭しすぎて、餌やるの忘れて、飢え死にされるのは困るから飼ってない。のんびり、ひとり暮らしやってるよ』 「あー、やっぱりひとりなんですね」 『はは! 中学生の頃から、ずっとひとりなんだろうなって思ってたもんね? 女の子同士の恋愛話にも興味ないし。君の予感は当たってるよ。だけど楽しいよ? 人生を束縛されることもないし、自由だし。お金もあって、不自由はない。こういう人生も幸せの一つさ』 「はい」  私は結婚しないだろうなと思ってただけに、未来の自分に励まされると勇気が出る。  他人の言葉より自分。  母親の言葉より自分。  やっぱり自分の言葉は信用できるなぁ。  教室に入ると、熱心に読書している男の子がいた。  原学(はらまなぶ)。  図書館でたまに会うので知り合いだけど、そんなに付き合ってる仲じゃない。  言葉を交わしたことがあるから、話しかけても、他の男子よりかは緊張しないかな。 「原君」 「ん? 何?」  ひょうひょうとした返事をする原君。  あんまり感情を表に出さないところも、刺激にならなくて、私にはよかった。 「頼みたいことがあるの」 「ああ。いいよ。本貸そうか?」 「ううん。そうじゃないの。一緒にきてくれる?」 「いいよ」  原君は本を机の中にしまうと立ち上がった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!