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第1話
『こんにちは。中学生の私』
西城夜顔は学校の屋上できょとんとした。
母子家庭だったので、持たされた携帯から、母の名前で着信音がした。
お母さんからだと思って、通話ボタンを押すと、知らない女の声がする。
もう一度着信履歴を見ると、母の名前で間違いなかった。
『驚かなくていいよ。中学生の私。私は君の未来の私。西城夜顔だ。君は知っている人以外の電話だと警戒して、留守電機能に入れてしまうから、母の名前を使わせてもらった』
と、電話の主は言っているけど、そんなことってある?
『切る前に、今の君の状況を当ててあげようか? 君は山吹中学校にいて、ひと目につかない屋上にいる。服は学生服で、黒縁めがねをかけている。長い昼休みは、図書館で借りた本をそこで読むのが日課だ。長い前髪は右に曲がるくせ毛で、まっすぐになるように、いつもさわってるよね? 内向的で外に出たくないのに、母親が外に出なさいってうるさいから、いつも市立の図書館に逃げ込んでる……』
電話の主の言うことは、いちいち当たっていた。
なんで私のことがわかるの?
そう聞こうとすると、
『未来の私だからわかるんだ。未来の技術はすごく発展しててね。過去の私に電話することなんてわけないのさ』
私の思考を読むかのように言ってくる。
声も聞きおぼえがあるし、未来の私だと言われれば、そうかもしれない。
私は八十パーセントほど、女の人の言うことを信じてしまう。
『実は君に依頼があってね。聞いてくれないか? ――ああ、そうそう。このことは誰にも言っちゃいけないよ?』
*
中学校の廊下はいつもにぎやかだ。
男の子の声がいちいちうるさい。
体に当たってきても、謝りもしないから嫌いだ。
私は携帯を耳に当てたまま、
「あの、聞いていいですか?」
『うん。いいよ』
「未来の私って、どんな感じなんですか?」
『五十五歳になった私のことだね? 独身で、夫も子供もいない。研究者になっててね。好きな研究ばっかりやってるよ。ペットでも飼おうかと思ったんだけどね。研究に没頭しすぎて、餌やるの忘れて、飢え死にされるのは困るから飼ってない。のんびり、ひとり暮らしやってるよ』
「あー、やっぱりひとりなんですね」
『はは! 中学生の頃から、ずっとひとりなんだろうなって思ってたもんね? 女の子同士の恋愛話にも興味ないし。君の予感は当たってるよ。だけど楽しいよ? 人生を束縛されることもないし、自由だし。お金もあって、不自由はない。こういう人生も幸せの一つさ』
「はい」
私は結婚しないだろうなと思ってただけに、未来の自分に励まされると勇気が出る。
他人の言葉より自分。
母親の言葉より自分。
やっぱり自分の言葉は信用できるなぁ。
教室に入ると、熱心に読書している男の子がいた。
原学。
図書館でたまに会うので知り合いだけど、そんなに付き合ってる仲じゃない。
言葉を交わしたことがあるから、話しかけても、他の男子よりかは緊張しないかな。
「原君」
「ん? 何?」
ひょうひょうとした返事をする原君。
あんまり感情を表に出さないところも、刺激にならなくて、私にはよかった。
「頼みたいことがあるの」
「ああ。いいよ。本貸そうか?」
「ううん。そうじゃないの。一緒にきてくれる?」
「いいよ」
原君は本を机の中にしまうと立ち上がった。
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