第1章 千鶴  1

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 それからも、たまに同じ時間に銀行の影でたばこを吸っていると、女がやってきては人目がないのを確かめ、握り飯を供えて何事か長いことうなり、女が去るとすぐにホームレスが現れてそれを取って食べるという光景が繰り返された。  ある時、女が何をそんなに熱心に祈っているのか気になって、俺は神社側、デパートの柱の影に立ってみた。女はいつものようにやってきて握り飯を供えると、二礼二拍手してうなり始めた。 「おばあちゃんが元気で幸せでいますように。お母さんと、ついでにお父さんも元気で幸せでいますように。マキちゃんとタカユキはまあそこそこ幸せならいいです。でもマキちゃんの赤ちゃんは無事生まれていますように――」  そう何度も何度も繰り返し、祈り続けていた。  俺は吹き出しそうになるのをこらえた。お供え物が握り飯一つの割に、欲張りすぎていた。その上、「ついでに」とか、「まあそこそこ」とか、人によって願いに差があるのが面白い。  近くから女の横顔を見ると、色白で目の大きな可愛い女の子だった。
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