第1章 千鶴  2

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 マスターと話をしながら、カウンターに立つ握り飯女を見ていたが、相変わらず田舎臭い感じで接客もオドオドしていた。 「あの子、新しい子?」  マスターに聞くと、小声で教えてくれる。 「ああ、千鶴(ちづる)ちゃんっていうんだ。青森から出てきたばかりでまだ慣れていないが、可愛いだろ。素直でいい子だよ。垢抜けたら、人気が出ると思うんだよな」 「ふーん」  俺は千鶴、とつぶやいてみた。古臭いし、なんだか幸薄そうな名前だ。おそらく本名で出ているのだろう。  源氏名を付けず、本名で水商売に入ると、一生足を洗えないというジンクスがあるのをこの子は知らないんだろうな。  ふと、死んだ母親を思い出した。俺の母も青森が故郷だった。あのくらいの年齢で仙台に出てきて、同じように水商売の世界に入り、俺を産んだあとも死ぬまで国分町で働いていた。  母には源氏名があったが、それでも生涯ここから足を洗えなかったわけだ。だから、まあ、名前なんて関係ないってことか……。   マスターと二十分ほど話して店を出た俺は、知り合いのやってる店で頼まれていた雑用を片づけた。
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